Canonball Adderley - Autumn Leaves



#1 Autumn Leaves

2012年9月11日 日本政府はそれまで私有地であった尖閣諸島の
三島を20億5千万円で購入し国有化した。
それ以後中国国内では反日デモが起こり、中国の艦船が尖閣諸島
に近づく行為が続いている。
日本国内では韓国による島根県竹島の武力支配についての
抗議をも含め、クールな対応としながら結局なにもできない政府の態度に
国民は失望し、急速に右傾化に傾いていった_。
詳しいことはわからないが、少なくとも昨日の明け方のニュース番組で
物知り顔の評論家がそう解説していた。
他人の屋敷に厚かましく我が物顔で居座るのは朝鮮人の特徴だし
相手の怯んだ隙にしゃしゃり出てくるのはロシア人の特徴だ。
そして厚顔無恥に人海戦術で押し出してくるのは中国人“らしさ”だ。

しかしそのような国際状況は意外にも、この街では直結して密着したものであって。
朝鮮人街あたりでは、また地元の右翼の連中と小競り合いがあったらしい。
小競り合いといっても最近はすぐに刃傷沙汰、鉛弾が飛び交うから物騒な世の中だ。
なんでも運河に少女の死体が流れ着いたらしいが、見つけたのが在日韓国人で。
プロの市民活動家でもあったこの男は「独島問題」に絡んだ差別殺人だ、叫び
この問題になんの対処もしてこなかった政府に怒りを感じていた横濱義誠会の幹部が
犯行声明を行なったらしい。警察の現場調査が行なわれている一方で寿町界隈では
一触即発の緊張感が漂い、あの辺りの簡易宿泊所の連中も暴動に加わろうとしていた。
そのため警察も捜査を中断せざるを得ず、街の沈静化に当たった・・。
警察は装甲車も出して警戒に当たっていたが、殺された少女の衣服についていた
名札に中国名の名前が書いてあり、この少女が朝鮮系の人間ではなく中国人と判明した。
其れを聴くと在日韓国人の組織の声明も、日本の右翼の声明も全てガセであったことがわかった、と。
しかしなにかがあれば。
其れをネタに抗争が起きてしまう危うさは更に強まっていった。
なにせ今度は中国人が騒ぎ始めたからだ。

昔から港湾労働者や日雇いの荒くれ者が住んできたこの町も、
いまでは老いた孤独な者たちの街になったが、
一日に何人かは消えてゆくという物騒な街には変わりなかった。

季節はずれの高気圧が張り出し南風が入ってきたおかげで、湾内は濃い霧に覆われた。
夜半頃からはその霧が町全体をすっぽりと覆った。
湿気とぬるい風のため枯葉が舞い散るにもかかわらず革ジャンでは汗ばむほどだった。
さまざまな色の照明が霧で滲み、街は娼婦のように艶やかになった。

そんななかオレはといえば、その現場からさして離れても居ないラブホテル街で
Nikon F90と昔ながらのカセットテープレコーダに盗聴器をつけ浮気調査の仕事をしていた。
ターゲットの女が男を連れてラブホテルに入ったとしても。
その場の写真を撮ったとしても。
デジカメでは修整画像だといわれかねない。
ラブホテルに入ったとしても行為の証拠がなければ「商談で使った」といわれかねない。

そんな下卑た仕事だが・・人生を斜に構えて生きるオレにとっては、
お似合いの仕事なのかもしれない。
依頼人はダンサーをしている女。
つきあっているキャリア女史に最近、男が出来たんじゃないか_。
あぁ同性婚の世の中だからな。
いまやゲイもレズビアンもどうどうとしてやがる。

ラブホテルの奥の角を曲がった電信柱の裏側で、そのレズビアン・カップルの片割れ
のバイセクシュアルな女が男とよろしくやっている声を盗聴して、いまや骨董品の
アナログなカセットテレコで録音を始めたところだった。
日本を代表した頃のSONYの。
その代名詞といわれたカセットレコーダ。デンスケ。



結局のところ人間はデジタルにはなれないのだ_。
そんなに簡単に0と1に割り切れる人間なんていやぁしない。
そして、そんな人間を追い掛け回すような仕事をしていると。
結局はアナログに戻ってしまう。
男と女。二者択一の慣わしですら、0と1の真ん中を志す奴がいるのだから。

そんな余計なことを考えていたところ_。
オレは背後から恐らく金属の棒のようなもので殴られた。
眼の前が真っ白になるほどの衝撃を受け、次には頭部から額にあたたかな液体が
流れ落ちるのを感じた。半端な量じゃない。
身を翻すと男たちが見える範囲で三人。
やはり棒状のものを持っている。
ガタイからしてガキ共のオヤジ狩りじゃない。
反撃に出ようとしたところ膝がぐらつき弁慶の泣き所を棒で叩かれ
アスファルトの上に転がった口の中に鼻血が流れ込み吐き出した。
愛用のドーフマンパシフィックのフェドーラハットが転がり落ちた。
物取りか_。
残念だったな、オレはオケラだ。
オレは溝内を蹴られその場で意識を失った。



最初に再起動したのは聴覚だった。
なにやら中国語の会話が聞こえる。
この街でこんな商売をしていれば話せはしなくとも
中国語とか台湾語とかは分かるようになる。
半島の言葉も南と北の違いぐらいは分かるようになる。
いま耳にしているのはいわゆる北京語・・大陸の言語だ。
次に臭覚が蘇った。
ああ胃もたれのするような甘さを漂わせた胡麻油の臭いが立ち込めている。
建物の壁にも柱にも染み付いているような古ぼけた胡麻油の臭い。
視覚はなかなか戻らなかった。
腕を動かそうとするが、どうやら椅子に座らされ後手に縛られているらしい。
感覚が戻るにつれ殴られた部位の痛みが蘇ってきた。
あまりの痛みに震えがくるほどだ。
中国語の会話の間に笑い声がする。
オレがゆっくりと眼を開けると暗い倉庫の中のようだったが
裸電球が灯されていた。
その強烈な光の下で影が蠢き、中国語の会話をしていた男たちの顔が半分だけ見えた。


「気がついたか_。」


ひとりが通路に出てゆくと恰幅のよさそうな老人が入ってくるのが横目で見えた。
まるで風船のように膨らんだその身体はピンで刺せば弾けてしまいそうなほどだ。
そいつがオレの顔を見るなり甲高い声で笑いやがった。

「随分酷い顔をしてるじゃないか_。」

オレは口の中にたまった血を床に吐いた。

「どうも最近の若い奴らは荒っぽくてな。
まぁコレも本土の反日教育の結果・・翻ればおまえたち日本人のせいだ。
まぁ自業自得だな。悪く思うな。」

随分と手前勝手なことを言うのは中国人も中国政府も変わらないようだ。
白いシャツに白いスーツ。
絵に描いたようなチャイナ・ギャングの顔役。
この横浜の中華街の顔役といえば、数年前までこの男チェンタイだったわけだが。

「さてと、おまえをここに連れてきたのにはワケがある。
いわゆる・・仕事の依頼だ。」

かつてバルーンといわれたこのチェンタイは数年前に胃袋がはじけて死んだと聞いたが。
「聞いてんのか?!」
イントネーションの不思議な日本語で叫ばれると、思わず鼻で笑ってしまった。
すると横に立っていたチャイナ・ボーイが横っ面を張ってきた。

「仕事を依頼するにはそれなりの礼儀ってもんがあるんだぜ、大人(ダーレン)。
オレなんかに頼まずともここにいる威勢のいい兄さん達を使えばいいじゃないか。」

オレは首を持ち上げて上目遣いでチェンタイを見ると、随分血色のいい風船デブは
オレの言葉を最後まで聞くつもり等無いようで遮った。

「さっきも云っただろ、うちの若いもんは手が早い。
平和ボケした日本人の中では目立って仕方が無い。
いちいち日本の警察と係わっては時間の無駄だ。
その警察は形式的な捜査をし、民族主義団体の犯行を疑いながら捜査は進んでいない。
それどころか微妙な国際関係に翻弄されて及び腰だ。
それに我々としては裏の稼業に捜査が及ぶと面倒だからな。
だからお前を使う。
こないだ運河に少女の死体が流れ着いた件・・知ってるな?」

オレが頷くのを見ると、言葉を続けた。

「あのムスメは・・私の知り合いの娘さんでな。
名を春梅(チュンメイ)という。人間の歳では12歳・・いや12歳のおんなのこだ。」

中国人の使う日本語には変なところがあるのが常だが、随分と変な言い回しをするものだ。

「私の知り合いは彼女の死を酷く悲しんでいるので早く殺した犯人を見つけて欲しい。
彼女を殺したのは炎彬(ヤンビン)という男だ。福建省から来た男だ。」

横に立っている男がオレの目の前に写真を差し出した。
ピントのぼけた写真。
しかも・・どこにでもいるようななんともとらえようの無い顔の中国人男性。
30代そこそこか_。

「ヤンビンは、とても危険な男だ。
おまえはヤンビンが何処にいるか、探すんだ。
探すだけでいい。あとは私たちの流儀で決着をつける。」

オレは首を横に振った。

「駄目だ、駄目だ、駄目だ。刑事事件に絡むようなことはしない。
そういうことは、世界的に優秀な日本の警察に任せたほうがいい。
悪いことは言わない。
それとあんたら中国人の間に入るような事件には係わりたくない。
あんたらの流儀とやらも勘弁だ。
オレはやばい橋は渡らない。」

オレはきっぱりと断った。
だが白いスーツのダーレンは鼻の頭をひっかいて嘯いた。

「おまえタンタンの店に莫大なツケがあるらしいな。
事務所の家賃も三ヶ月滞納している。
その債権、ウチで立て替えさせてもらったよぉ。」

債権取立てにこういう外国人が乗り出すと酷い目に遭うことは火を見るより明らかだ。
あぁタンタン・・愛しい女よ。
断れば彼女の身にも危険が及ぶことになるだろう。
逃げ場は無い。
いつものように逃げ場は無い。

「わかったよ」
オレは項垂れながら承諾した。
「わかったから、解いてくれ。」
オレは自由になった。
横に立っている男が写真を押し付けるので受け取ると、立ち上がりざまに
溝内に一発見舞ってやった。呻きながら倒れる際に、顔面に膝を突きいれ鼻骨を折ってやった。
オレはハットを拾うと被りなおした。

 


「チュンメイの家族はとても悲しんでいる。
そしてチュンメイの姉も危険に晒されている可能性がある。
三日以内にヤンビンを探せ!でなければお前を本牧のヘドロに沈めてやる。」
笑顔のまま甲高い・・しかも高圧的な言葉を吐くダーレンは連絡用の名刺を差し出した。
それをポケットにしまうと、暗い部屋を出た。
暗い廊下を通り暗い階段を上ると、突然陽の光が眼に入り眩しかった。
オレは中華街の裏通りにひとり放り出された。
とりあえず商売道具の壊されたNikon F90とデンスケを修理に出さざるを得なかった。











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