Art Blakey and the Jazz Messengers - Moanin' (1958)

#2 Moanin'

高速道路を支える柱が運河を跨いで立っている。
チュンメイという名の少女の遺体が流れ着いた寿町界隈。
もうすぐ冬だというのになんとも生温かな空気が漂っている。
地球温暖化の影響かなにか知らないが、港の潮位も上がっているようで
油にまみれた潮の臭いが運河の周りに立ち込めた。
セブンスターの煙とブレンドされたその空気が肺に入ってくると、
少しは落ち着くことが出来た。
運河の淵は異例なほどの人数の警察の鑑識官たちが捜査をしている。
そんなときにオレのようなケチな自営業者がなにをしたって仕方ないだろう。
せいぜい周囲の聞き込み調査をするぐらいしかない。
オレは遺体の発見状況について目撃者を当たった。
だがこの街の住人たちは係わりをもちたがらないのか、オレを避けていった。
曲がり角を曲がったところで白い詰入りの集団と出くわした。
あぁ・・この界隈で朝鮮人と揉みあっている民族派右翼団体だ。
「おまえ・・なに嗅ぎまわってんだ!」
あっという間に取り囲まれ、羽交い絞めにされちまった。
オレの上着の内ポケットから「探偵業届出証明書」を探し当てた。
「んだテメェ、探偵か!」
「名前は・・・平 巌・・ヘイ・ゲン?中国人か?」
よせよ、生まれてこの方ずっとそのネタに付きあわされている。

「勘弁してくださいよ、オレはタイラ イワオ。コテコテの日本人ですよォ」

オレは自分の名前を言うと仕切っている男がオレの顔にでかい顔を近づけてきた。
「探偵風情がよ、ここいらあたりでなにしてんだか?誰に雇われたんだよ?!」
「へへ、そりゃぁ守秘義務ってヤツでしてね。依頼人は明かせませんぜ。」
オレはそういいきると腹を蹴られた。
「この件から手を引けよ、わかったな!」


後方から馬鹿でかい濁声で叫ぶヤツがいて。
「おい、芦田!」
芦田と言われた顔のでかい御仁はいやな顔をした。
チっと舌を打つと振り返りざまに声色を変えた。
「これはこれは港湾署の刑事さんたち」
ガタイのでかくて若い方は知らないが、チビでハゲで歳が行ってる方は
港湾署の皆本(みなもと)刑事だ・・いや・・警部殿か_。
濁声を張り上げて近寄ってくる。
「なんだよ、右翼の団体さんに、探偵屋じゃねぇか。なに悪さしてんだ?おぅ!」
芦田はでかい顔を斜に向けた。
「旦那、別に何もしてませんよ。清く正しく街の平和を守っていますが・・」
皆本は臭い息を吐き出しながら「てやんでぇ、なに気取ってやがる!」と唾を飛ばし

「おまえら固まっていると悪さしかしねえからさっさと解散しろ!ホラっ!」

と芦田たちを通りの向こうに追いやった。
「只でさえ面倒な状況なんだ、わからねえのか?余計なことするんじゃねぇ、
スっ込んでろ!」



皆本がオレの方を振り返ると険しい表情に変わった。
「皆本警部、ご存知なんですか、この男_?」
身の丈190cmはありそうなガタイのいい若い男は、皆本を警部と呼んだ。
「おぅ、タイラ・イワオって探偵さんだょ。」
「探偵?」若い方が噴出して笑いやがる。
「元港湾署のデカだ。」
「で、いまは探偵?」
こっちの若いヤツは人を馬鹿にしたような笑い方をするヤツだ。

「あぁ、上司に恵まれなかったんでねぇ」オレは皆本を見やり皮肉を言った。

「へっ、孤児院上がりの不良少年が一念奮起して警官採用試験に受かって
警察学校を優秀な成績で卒業・・ところが所詮は孤児でな。
警察組織にはそぐわなかった。そういうことだったよな。」

皆本が物知り顔で云うのでむかっ腹が立った。
「あんたの汚いやり方にうんざりしただけさ。」
皆本は不敵に笑った。
「まぁお互い、昔のことだ。それよりよォ。
こんなところほっつき歩いているんなら、例の少女殺害事件絡みだろ。
悪いこたぁ言わねぇ、この件から手を引けぃ。」
「不躾にそういわれてもね。こちらも商売なんでね。」
オレが突っぱねると皆本がタバコをくわえる。
「これは普通のヤマじゃない。科学捜査研もお手上げだ。
公安すら顔色を変えるようなヤマだ。だからぁ、さっさと手を引け。」
「手を引くにも、理由が必要だろ、餌ぐらいくれよ。」


「ありゃぁ人間じゃねぇ・・。」


「そりゃぁそうだ、年端も行かないいたいけな少女に酷いことをする奴だからな。」
「そういう意味じゃねえんだよ。」
「じゃ、どういう意味なんだよ_?」
オレが皆本に突っかかるとガタイのいいでかいヤツが割って入った。
「極秘事項だ、ここまでだ、悪いな探偵さん」とオレを突き飛ばす。
「やめろ、藤原!」
皆本はでかい藤原を制してオレに近づく。
「おめえだけにいっとくが、ありゃぁ・・人間じゃないんだ。」
「警部さんよ、ヤキが回ったのか?」オレは毒づいた。
「あの娘は人間じゃなかったんだ。なにか別な・・」
なにかを言いかけたとき迎えのパトカーがサイレンをまわして近づいてきた。
皆本と藤原はパトカーのドアを開けた。
「とにかく・・この件に係わるんじゃねえぞ!」
皆本はそう云ってパトカーに乗り込んで去っていった。



警察がこの辺りを隈なく捜しているということであれば
既にこの辺りに目ぼしいものは無い、ということでもある。
それを先んじて行かねば、オレの商売は成り立たない。
オレは運河の対岸の方を当たってみたが、モノになりそうなモノは
なにひとつ無かった。


この街は狭い街だが、モノ探しには広すぎる。







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