Jerry Goldsmith - The Love theme from “CHINATOWN”
#8 CHINATOWN
シャワーを浴びて、ラジオをつけると、
今日の天気は薄雲りだが、それでも悪くはない_ようだ。
窓の外にベイブリッジもハッキリと見えている。
チェンタイの黒い血に塗れたハットを洗濯機に放り込んだ。
トーストを焼いてみたものの、とても食べる気にはなれなかった。
チュンメイと姉妹・・双子の姉妹は実は双子とは思えないほど似ていなかったのだ。
チュンメイは母親似、そしてその姉妹は親父に似ていた。それだけのことだ。
いやそれよりなにより、チェンタイの身体に宿った“いにしへ”の何者かは、
人間の女と交接し子を生した。
ヤツは云った。
「この男の身体同様、この街、この国もいずれも私のものになる。」と。
ヤツがいったい何者で、この先どうなるのか。
そんな大層なこと、オレの知ったことじゃない。
この世界がなくなってしまえば、オレの借金も消えるだろう_。
そんなことより。
シュエランはこれから、どうすればいいのだ。
故郷に帰ることもできない。この街にとどまることも出来ないだろう。
できれば海から離れたところに移り住むほうがいいだろう。
しかし愛する男を弔う気持ちがこの街に引き止めるかもしれない。
きっとそう彼女も思っているだろう・・だが、それは彼女の決めることだ。
そんなことより。
信じた女を得体の知らないものに寝取られ
その子供を、我が子のように愛し育て、しかし絶望した男。ヤンビン。
そのために人を殺め、得体の知らないグロテスクな化け物を・・
いやあの怪物たちをとおして・・常に彼女を見ていたにちがいない。
常に怪物を通して彼女を案じて、慈しんだ・・男の・・
純愛・・まさに純愛に・・思いを巡らせると身体に震えが走った。
いや・・そんなことより。
ヤンビンはなぜ怪物姉妹を育てたのか_?
ヤツは云った。
「子供たちは我々全体の宝なのだから・・。」
我々全体って誰だよ。あいつら同郷の好で。
ともすればあいつらの故郷の漁村というのは・・。
深海に封印された海の神様を信仰しているという漁民というのは。
なぜ他の村から執拗に差別され侮蔑され・・。
チェンタイの骸を使って蘇り子供を生したというのは
つまりは・・奴らは全員がグルで・・。
いや・・それだけではない。
チェンタイと同郷といわれる齢百を越える“ハマいちばんのやり手ババア”も
そしてやはり同郷の好で雇われた・・タンタンも!
イカタコの仲間なのではないか・・!
いや・・そんなことは・・ありえない。
ありえない・・。
しかし・・ありえたとしても、だ。
結局のところ、この世に生れ落ちたにもかかわらず。
誰になんの愛情を注がれることなく。
広く深い汚れた海に放り出されたあの“娘”とこのオレは。
所詮似た者同士だ、ということに気がついた。
ラジオの臨時ニュースが南鳥島沖の接続海域で中国の大型潜水艦がなにものかの
攻撃を受け航行不能になったと伝えた。
セブンスターを一本取り出し、火をつける。
吐き出した煙が不定形の化け物を想起させたが、思わず微笑んでしまった。
所詮は、世間の隅っこで斜に構えて、裏の顔を窺う商売のオレからすれば
同じような出自のあの“娘”が、やがてこの世界を支配し、牛耳ることとなるならば。
それはそれで、痛快じゃないか。
電話のベルが鳴った。
黒くて重い受話器を取ると不機嫌そうなタンタンの声が聞こえた。
「昨日さぁ・・お店のエアコンが壊れちゃってさ・・お休みだったのよ。
それで、チャーリーと軽く煽って、帰って寝たら、早起きしちゃったの。
朝食作ったからぁ、食べに来ない?」
ここ数日なかったような、落ち着きを取り戻した。
窓の外にベイブリッジが見える。
大黒埠頭辺りの空は晴れていた。
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