1992年 横浜



Michel Camilo & Tomatito  ~ Twilight Glow


 その夜、伊勢佐木町の二番館のオールナイトで「ダイ・ハード2」を観ていた。
マクレーン刑事がジェット機の翼にヘリコプターから飛び降りるシーンだった。
当時オレは黄金町警察署刑事課の刑事で、情報屋として使っていたオカマ野郎が隣の席で
「平の旦那、こんどゴジラがランドマークタワーを破壊するんだってさ!」と、
はしゃいでいたのを憶えている。

「完成する前から潰されちまったら、かなわねえなぁ。」

 ポケベルが鳴り、オレはロビーの公衆電話で皆本(みなもと)班長に連絡した。

「インターコンチのスイートで殺しだ、すぐ行ってくれ!」

オレは真新しい帆掛け船型のホテルのスイートルームに急行した。
そこには女の全裸死体が残っている。
第一発見者はホテルのルームサービスの係員。
同じ部屋にいた男が血相を変えて出ていくのを不審に思い、部屋のドアを開けたところ
女性の全裸死体を発見した。詳細を聞くにはかなり動揺していたが、
行為を撮影したビデオカメラが現場に残されていた。
皆本班長が現場に現れ、オレは状況を説明した。
通常の捜査が始まるものと思われたが、開業間もないこともあり
「ことを大きくしないでくれ」とホテルの幹部に詰め寄られた皆本班長は、こともあろうか
差し出された現金を受け取り帰ってしまった。
それがオレとアイツの葛藤の始まりだった。
オレは隣の磐田班に編入され捜査は行われたが初動の遅れが祟り、手柄のおいしいところは
警視庁に持っていかれた。
その責任はこのオレに回された。
昔のことだ。
いまさらどうでもいい話だ。



 男は当時の人気俳優押田衛(おしだまもる)本名忍田衛(おしだまもる)。当時26歳。
 女は銀座のクラブホステスで。麗香の通り名でその一帯では知られた女。
 本名、田端和代(たばたかずよ) 享年23歳。
 お忍びで夜の銀座から高速を飛ばして真新しいホテルのスイートで一発キメにきた、と。
 しかし女が急性の心臓発作を起こし意識不明となったが忍田が適切な対処を怠り
死亡してしまい、また逃走した。
部屋に残されたベータマックスのビデオカメラに収められた情事そして
逃走までの一部始終が決め手となり、忍田衛は緊急手配され都内で逮捕。


 
忍田は保護責任者遺棄致死罪を問われ裁判となった。
マスコミのワイドショーは熱狂的に報道したため大衆の目は
忍田の妻忍田アキとの離婚に焦点があてられていた。
警察内部でもよくある痴話喧嘩、そう冷やかに観る目もあった。
だが、死亡した女の体内から合成麻薬成分が検出されたことから話は拗れはじめた。
当時としては珍しい合成麻薬の存在が世間に認識されたからだ。
安価で手軽に手に入れやすいこの合成麻薬は芸能界だけでなく一般社会にも浸透を
始めたことがわかってきた。
 そして警視庁の麻薬撲滅運動により一斉捜索が始まり、数人の麻薬常習癖のあった
芸能人が逮捕されるにいたった。警察の号令のもとマスコミは一斉にこれらの芸能人をバッシングした。

 忍田衛は麻薬譲渡、保護責任者遺棄致死罪で有罪とされ懲役4年のを受けた。
ビッグマウスで知られた忍田は最後の悪足掻きの如く高裁に上告したが棄却され
刑は確定し収監された。
 4年後、刑期を終えた俳優は、俳優仲間の誘いで健全な精神は健全な体に宿る、と云われ
鶴見のボクシング・ジムに通っていた。
それでも一度は追放された芸能界から掛る声は少なく、一時期ハードプレイ専門の
AV男優として活動していた時期もあった。
「死ぬほどのエクスタシーを味あわせてやる」といった際物臭が満ち満ちた
売り文句もあって其れなりに話題にもなったようだが、
共演したAV女優相手に恐喝事件を起こし、さらに麻薬を所持していたことから逮捕された。

 そして忍田衛が通っていたボクシング・ジムに二人の男がいたことがわかる。
これはテレビ局のゴシップ記事も入り込んでかなりオレの記憶も曖昧だが。
1970年代後半に大ブレイクした男性歌手。志水清一郎(しみずせいいちろう)。
彼は何度も麻薬取締法違反で逮捕されている人物。
最初の数回は周りの芸能人仲間が助け舟を出したこともあり芸能界に
カムバックしたが、何度目かからは彼らも見放した。
そして以前彼の歌のファンだったというボクシングジムの会長が後見人として
ジムに住み込みでトレーナーとして働かせていた。

 そして志水とは仲が良かったといわれる自称事業家の高田祐吉(たかだゆうきち)。
この事業家は自称プロスキーヤーでスキーショップを経営という触れ込みであったが
そんなことよりは1980年代後半にブレイクし国民的アイドルといわれた女性歌手の夫として知られていた。
金の無心を繰り返していた高田祐吉は口の悪い芸能記者の間では蛭(ひる)旦那と呼ばれていた。
事実その当時数年間のプロスキーヤーとしての実績はなく、事業の方でも一度目の不渡りを出していた。
志水と高田、そして忍田はジムのトレーニング後よく意気投合し、飲食を共にしていたという。

 忍田の二度目の逮捕から程なくして志水と高田が麻薬所持の現行犯で捕まった。
その数日後、姿を消していた高田の妻であり一世を風靡した元女性アイドル歌手坂谷のり子も捕まった。
坂谷のり子は、夫の暴力の末、麻薬漬けにされたとDV被害を訴え、世間も同情を
寄せたが、実は虚偽で父母の両方からDVの被害を受けた5歳の息子が施設に移された。
顔では天使のような、といわれたアイドルが、鬼畜のような母親であった事実に世間は恐怖した。
その後、4年の実刑を終え、介護業界で働くとその道の大学に進学したらしいがそれも途絶え、
芸能界復帰を目指したが干された。しかし、横浜在住の華僑系のプロモーターが彼女を悪役女優として
アジアで売り出し大当たりした。
 さらにこの6年後、忍田は釈放されるが、すぐに同様の事件を起こし、また麻薬を所持していたこともあり
三度目の逮捕となった。その後なんども同様の犯罪を繰りかえし、世間は俳優忍田衛の存在を忘れた。
「もうこれっきり、これっきり、これっきり・・。薬物は使いません。」
そんな言葉を何度使ったのか。
結局その言葉を世間は信用しなかった。

 たしかそんなことだったのではなかったか。
芸能人の麻薬絡みの事件等、一時的には過熱気味の報道共に湧きあがり、しかし次第に薄らぎ、
やがて忘却の彼方に消えてしまう。
時代が変わって警察が押収した忍田の情事のビデオがインターネットの
動画サイトで流される時代になった。ナニをどう検索すればこのサイトに辿りついたか
定かではないが、随分とえげつない動画が世の中にはたくさん出回っているものだ。
そのなかでもこの動画は行なわれた犯罪がそのまま映っているのだから。
警察からこのビデオが流出したのは初めてではない。
一部のスナッフビデオ愛好家の間では数百万単位のカネが動いたとも聞いて居る。
だがいまじゃタダで世界中に垂れ流されている。警察の管理が行きとどいていないことを嘆くか。
困ったものだ?いやいや当時とはオレは立場が違う。
公務員でもなければ警察官でもない。オレの知った事じゃない。
だがあて擦る程度でも係った事件だ。他人事ではあるが、そうでもない。

そんな気がした。







 

inserted by FC2 system