ヴェルニー公園




Michel Camilo  From Within

 浦賀から始発電車に乗って揺られていると無性に気分が悪くなり汐入で降りた。
まだ日の出前だったが不良米兵と思われる若いアメリカ人がどぶ板通りで寝ていた。
なにがトモダチ作戦だ。なにがオスプレイだ。
奴らは安全保障条約の名のもとに戦後この国に寄生し続けている。
米兵によるレイプ・・・たとえ未遂事件であろうと、だ。
少女の人生を蝕み、一家を崩壊させ、そして更なる悲劇を生んだ。

いいようのない焦燥感が。そしていいようのない怒りが胃を貫くような。
まるで鋭利な刃物で突き刺すような痛みがオレの身体に響いた。
気分が悪くなったので、路上で寝ている米兵の顔面にゲロを吐いた。

そのまま、立ち上がれないように、腹筋にねじ込むように爪先を鳩尾に蹴りこんだ。
この国を守るふりをして傍若無人に振る舞う此奴らの顔を見ていると更に気分が悪くなった。
自動販売機で「筋力」を買い口の中に残ったゲロを洗い流し、痛みに顔をしかめている

米兵の顔の上に吐いた。
そして顔面を踵で踏んづけた。
すると止めどない怒りに火がついてしまい、顔面を蹴り続けた。
JAP!だの、help me!だの。

なにを抜かそうが知ったことかい。

歯が全部折れるまで、人種が白だろうが黒だろうが知ったことかい。
今のオレの気分は貴様をぶちころしてやる、ってことだけだ。

基地の周りの街はどこでもそうだろうがな。

沖縄だけじゃねえんだよ。




偶には日本人が米兵をやっつけたっていいじゃないか。



警官が通りかかったが、見て見ぬふりだ・・。
ここは、横須賀。どぶ板通り。
血まみれになった米兵が泡を吹いて靴が汚れたので
むしゃくしゃする気分を追い払いに潮風にあたることにした。

 横須賀街道を渡ると海が見えた。
ヴェルニー公園でベンチに座るとようやく日が出てきた。
夜半からの霧が気温の上昇によって徐々に晴れてきた。
護衛艦が並んでいる。潜水艦も見える。
しかしオレの気分は荒れていた。
そして混乱していた。

 どいつもこいつも・・。薬に溺れていく。
田端にしても、トレーニングをする間に脳内麻薬が生成してしまったのか。
さらなる筋肉の増強を求めて、奴も薬に手を出した。
筋肉増強剤ならまだしも、禁断の得体の知らないものに手を出した。
中国製?隕石が落ちた山肌から湧き出した石清水だと?
未知の微生物だと?
そんなものがどこからきたのか?
宇宙からきた微生物が入っているのか?
とめどない怒りが餌となり微生物は田端の筋肉を増強させた。

 そんなこと、このオレの知ったことかぃ。

 とめどない怒りの炎は止むことなく、むしろ燃え盛った。
健全な肉体に健全な精神だと?
忍田への復讐への呪わしいまでの怒りは、まるで電気の如く全身に走りまくり
とにかくヤツの筋肉は暴走した。
まるで超人ハルクのような。いやそれ以上に酷悪な容姿に成り変っても。
忍田への怒りは更に燃え上がり、まるで意思を持ったような筋肉に
そのエネルギーは伝わったのだろう。
だが、田端の心臓はその筋肉の暴走についていけなかった。
それほどまでに自分の娘を愛して。
その娘には悪態をつかれても。
愛し続けたのは・・なぜか?
それが父親としての愛なのか?

父親の無いオレには・・わからない_。
しかしなぜにそんなに。

父親代わりだと?
あのクソっタレの皆本は、オレの父親代わりだと抜かしやがった。
アイツがこのオレになにをした?
自分の罪を他人になすりつけ、汚い警察組織の中でヌクヌクと生きてきただけの男だ。

「貴様ってやつは・・。
貴様ってやつは、本当に俺のことが嫌いなんだな・・。」だと?

当たり前だ。
団塊世代などさっさと消えちまえばいい。
おまえらの下の代は常に数と大声で喚き散らす、おまえらのケツを拭かされてきた。
なにも決めることも出来ず、なんの責任もとらずに、のうのうと喚き散らす
戦中の溜まった精子が放出されただけの脆弱で我が儘な民主主義の悪弊め。
もうたくさんだ。さっさと消えろ。ひとり残らず消えるがいい。

しかしそんなことより_。

 これっきり、これっきり・・。
薬に溺れただれもがその言葉を吐く。
だが「これっきり」で終わったことなど聞いたためしがない。
仮に自分が「これっきり」にしたとして、自分の子供たちに影響を残してしまったら。
オレの脳裏に刻まれたひとつの記憶が鮮明に蘇った。
あまりに忌まわしい記憶のひとつが。




 坂谷のり子のこどものことだ。

 狂ったように暴れ狂う兄のほうじゃない。
坂谷のり子が事件後に生んだ妹のことだ。
合成麻薬に汚染された親の胎内から生まれた「名の無い」こどものことだ。
あの施設の地下で見た麻薬と生理食塩水の水溶液の水槽の中でしか生きられない
瞼がなく頭が二つに分かれた体長1m程のおんなのこだ。
半透明の肌のまるで魚のように肘の無い短い手を動かし
足が変形し尾鰭のような、おんなのこだ。
あのこは果たして「人間」なのか。
しかし10年の時をあの環境の中で生き抜き、あのときオレに微笑みかけた。
最近初潮を迎えたというあのおんなのこは、いったいいつまでいきられるのか。


不良外人が仲間を連れて背後からやってきた。


オレは自動販売機で買った「筋力」の残りをがぶ飲みした。
いっちょ、やってやろうじゃないか!


これっきり これっきり もうこれっきりですか

あなたの心 横切ったなら
汐の香り まだするでしょうか
ここは横須賀






     

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