Toru Takemitsu - Orion, for cello & piano


太陽が真上に来ると一気に影法師は色が濃くなったように見えた。
噴き出す汗。
ジリジリと肌が焼けるのを感じる。
もう昼飯時だろう、ばぁちゃんが昼飯を作ってくれているだろう、そう思い家に駆け込んだ。
ばぁちゃん、腹減ったよー。

しかし戸を開けて一歩踏み込むと底知れぬ冷ややかなものを感じた。
シーンと静まりかえった土間にはとぉちゃんとかぁちゃん、じいちゃんとばあちゃん・・皆居た。
お帰りとも云ってもらえず、皆一様に黙りこくったまま土間を見ていた。
視線をおろすと、血塗れの男が横たわっていた。
痛いとも云わず、身悶えもしない、いやそれどころか息もしていないようだ。
つまりそれは・・・死んでいる!
死体が我が家の土間に転がっている・・・

嫌悪の感情すら凍り付くような空気が土間に漂っていた。
「コイツがトラクターの前に飛び込んで来やがったんだ!」
とおちゃんの絞り出すような声が聞こえた。
「森下んちの犬を殺して喰っちまって。
その死骸を用水路に捨てやがって皆の迷惑になることしかしない、
おまけに森下ん嫁にまでチョッカイだして
ろくな奴じゃない・・そのうえ今日はウチのトラクターを無断で触っていやがった」

見知らぬ老女・・小柄で化粧が厚い女が僕の脇に立っていた。
余所行きの着物など着込んで丸く高く髪を上げて。
なにかこの辺りでは見かけないようなけばい雰囲気を漂わせた鶏ガラのような老女。

これが隣の森下んちに嫌がらせをしている女か・・。

「まぁ、私としてもおおごとになんてしようなんてこれっぽっちも思っちゃぁいないんですわ」
涼しげというよりは凍り付くような笑みを浮かべて老女は話し出した。
「たしかにこの男は半島の生まれの人間ですからね。
日の本の国の習慣やら常識といったことが分からない処もありましたがね。
だからといって世は国際化の時代ですわね、人種差別的な偏見が例えあったとしてもね、
殺しちまったら、そりゃぁ黙っておれませんわな。」
「だから、殺したんじゃねぇ、コイツからトラクターの前に飛び込んできたんだ、事故だ!」
とおちゃんが老女に向かって叫んだ。
「故意だろうと事故だろうと、人一人死んじまってんだよ!
おまいさん警察に捕まったら、何年か喰らい込むだろうねぇ・・。
こんな小さな坊ちゃんもいるのにね。
この坊ちゃんはこれから一生<人殺しの息子>と云われ続けるんだろうねぇ。
今の子だ、プロ野球の選手かぇ?オリンピックの選手?新幹線の運転手?
ハハハまともな仕事なんかにつけられやしないね。
こん坊ちゃんの人生は台無しさぁ、ハハハハ」
軽口を叩く老女に、とおちゃんは怒りをぶつけようとして立ち上がろうとしたが
「ほぅ私まで殺すかい、とんだ殺人鬼だね・・」
とおちゃんは僕を呼び、奥に行くように云った。
「遅いよ。この際ハッキリさせとこうじゃないかぇ。」
女の冷たい声は続いた・・
「わたしも形式上ではあるが<身内のもの>を失ったんだ、怒りはおさまらんよ。
けどね。坊ちゃんのこともあるしね。警察沙汰になんかしないさ。
その代わり奥の部屋にしばらくのあいだ住まわせて貰うからね・・・それでどうだい?」

「断る!」
じいちゃんは声を振り絞った。
「男なら罪を犯したなら罪を償うが流儀。その間坊主はわしが育てるわ!」
じいちゃんの言葉を遮るように老女は目を剥いて声を張り上げた。
「わかってないね!わたしはね、怒っているんだよ、これでもね!
女だと思ってナメたクチ聞きやがったら承知しないよ!
坊ちゃんは大きくなったらナニになりたいんだい?」

そう老女が僕に聞いてきて、呆気にとられながら・・。

いつものように「ひかりごうの運転手」と云ってしまった。




老女はケラケラと高笑いした。
「残念だけどね、無理だわ。
どんなに勉強しても、どんなに働いてもな。
絶対にひかりごうの運転手にはなれないわな。
なぜかわかるかい?おまえは人殺しの息子だからね!
人殺しの息子が運転する新幹線なんておっかなくて誰も乗らないよね!
だから国鉄もおまえのような人殺しの息子は雇わないんだよ!
国鉄に入社?
バカも休み休みいいな!おまえなんかまともな仕事に就けやしないさ。
せいぜいこの山奥でひっそりとこの貧しい畑耕して暮らすがいいところよ。
それもこれも・・・おまえの人生を台無しにした・・人殺しのオヤジのせいさ!」

「やめんかい!」
じいちゃんは叫んだが、老女は気のふれたような目つきで続けた・・
「わたしはね。
おまいのオヤジに身内を殺されたんだ、おまえが何処に逃げようが、どこまででも追いかけて
おまいの周囲に吹聴してやるさ・・人殺しの息子だって・・そうすれば社会か除け者にされて
おまえの人生、転落して行くだけさ」
僕は瞬きもせず目の前で老女がまくし立てるのをただ震えながら聞いていた。
涙も出ない。哀しいのに。力が抜けて膝を床に落とした。
「くそう!」
とおちゃんは拳を振り上げたが、悔し涙を流しながら床に倒れ込んだ。

「さぁさ。あんたらに選択肢はそんなにありゃぁしねえんだぃ、食事の前に死骸を埋めちまいな、
そうさなぁ、床の間の下あたりのの床をはずしてさ、さっさと埋めちまいな。」









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