拘置所




David Shire Main theme from The Conversation (1974)

「なぜ警察に協力するといった足で、拘置所に連れてこられなきゃならん?」
車を降りるとオレは即座に悪態をついた。

「すいません先輩、悪い意味じゃないんですよ、
ここに来ていただかないと説明できないんです。」

坂東太郎はオレを宥め賺し、拘置所の中に案内した。

6Fでエレベーターを降りると、狭い部屋に通された。
取調室の隣のマジックミラーのハマった・・よくある部屋だ。
マジックミラーの向こうには冴えないような初老の男がひとり
テーブル越しに椅子に掛けていた。
手錠もなければ、見張りの警官も一人もいない。

「彼はその昔、陸上自衛隊の狙撃手あがりのアスリートでオリンピックで
金メダルを獲ったほどの腕前だそうです。
それがですね、彼が言うには自首しに来たというんですがね。」

坂東太郎は口籠った小声で云った。

「ヒトでも殺したか?」

オレがそう尋ねると、訝しがって口を曲げた。

「いいえ。殺すかもしれない、と。」

「殺人予告か_。」

「それがですね、先輩。彼が云うにはですね。
自分の身体のデータをある組織に売った、というんですなぁ。」

身体のデータだぁ?
オレは意外な言葉に呆気にとられた。
その顔を見て、坂東は話を続けた。

「ええ。オリンピック強化選手時代の往時の肉体のデータを
取ったあったらしいんですな。
当時は筋力トレーニングなんかで使ったらしいんですがね。
その他にも組織細胞とか、血液のサンプルなんかも凍結して
私立大学に保管していたらしいんですよ。
それをね、まぁ・・組織に・・。」

口幅ったい物言いをする奴なのでオレは段々イライラしてきた。

「なんだよその組織ってのは?」
坂東は頸を傾げた。
「それは・・先輩は知らなくても・・・。」
オレは声を荒げた。いやいや来てやってんだ。
隠し事をする体質は以前のままだな。
「知らずに協力なんかできるかよ。」
オレがドアに向かうと坂東は慌てて手を広げた。
「わかりました、わかりました。
でも自分からは中々云いにくいんで、彼本人からお聴きになったほうが・・。」

なら最初からそうしろよ。
坂東は、細々と説明をしながら云った。
要するにこの男を逮捕する根拠となる法律もないし、保護する対象ともならない。
しかしC.I.A.からも中国保衛部からも手配要請は来ている。
確かにテロを画策する組織がこの男のデータを入手したらしい、と。
だが日本国の警察はなにも手出しができないため、自主的に出頭した
この男の扱いには苦慮している。取り調べるもなにも、
兎に角話がややこしくてわからない。・・そんなとこだった。
そんなことを云われてもオレとしても困ったものだが、昔取った杵柄。
取り調べと称した世間話のつもりで・・。
だと。あぁ・・オレも取り調べは久しぶりだ。





取調室に入ると初老の男は顔をあげた。
オレは机に置かれたままの調書を目で追った。
氏名:伊達宗人
年齢:50才
性別:男性
職業:無職(元自衛官)
バイアスロン競技で冬季オリンピック金メダル受賞。

意外なほど小柄な・・しかし元オリンピック金メダリストだ。
体躯は歳を喰ってもガッシリとしている。
オレは向かい側のイスに座ると煙草に火を点けた。
「で、あんた・・いったいなにをしたんだ・・。」
セブンスターを勧めると、右手を振って露骨に嫌な顔をした。
すまんが、オレは吸わしてもらうぜ・・。

「女房が100万人にひとりって難病に罹っちまってね。
看病の為に仕事を辞めて・・金に困って、若いころの身体のデータを売ったんだ。」
しわがれた声の初老の男は、淡々と語った。
「誰に?」

「ある組織だ。国際的な・・組織だ。
横暴な隣国_半島やら中共やらの態度が気に喰わなくてね。
中国分断を目指す少数民族の連合組織に売ったのさ。
彼らを支援することは我が国の国益となると思ったからだ。
そして彼らも私のデータを欲した。」

「わからんな。で、あんたの身体のデータをどうするんだい?」

「3Dプリンターって知ってるかい?」
またか_。
メダリストはしたり顔を見せた。そして饒舌に話し始めた。
「3Dのデータがあれば・・ネットにそんなものは五万と転がっているが
・・なんでも作れちまう。
アレの御蔭でいつでもどこでも・・例え日本の国内でさえ・・
今は高性能ライフルが手に入る。
アトは腕だ。
詳しいことは私にはわからないが、3Dプリンターの加工素材に
JAXAのはやぶさの採取してきたとかいうカルシウム素材と
ips細胞だかSTAP細胞だかをある種のアミノ酸と混ぜてやれば・・
往時の百発百中の私が10日で出来るらしい。
しかも無数に作ることができる。
つまり最強の狙撃手の腕を持った一個小隊が一カ月で完成する。」

余りの与太話にオレの頭は理解が止まっていた、昔観ただろこんな映画を。
ほら・・リドリー・スコットが天才だった頃の_。バンゲリスが音楽やった・・・。
題名は思い出せなかったがいくつかの単語は浮かんだ。

「あ・・それは・・クローン人間ってことか_?レプリカント的な・・そういうものか?」

オレは口を開けたままだが、メダリストは宙を仰いだ。

「そんなこと私の知ったことではない。クローンなのか、コピー品なのか。
売った私よりは買った組織の考え方次第ではないか?どう使おうと私の知ったことではない。
だが・・。」

メダリストが下を向いた。

「だが?」

「結局、殺人なのだ。彼らが行なおうとしていることは。
ここ横浜で開かれる日米中韓の国際会議に出席する中国代表をターゲットにするだろう。
その狙撃手こそは、私に瓜二つの。いや、私そのものなのだ。
2000m離れた場所から狙った的は外さない百発百中の腕を持った
世界最高の腕を持った私なのだ。」

わかったようなわからんような。
そんな一昔前のB級SF映画みたいな話を。いまじゃ21世紀だぜ。



「世迷言と思っているのだろ?
そんなことありえない。
そもそもSTAP細胞なんて存在したかすら信じられない_。
そう思っているんだろ?
あんた等のお仲間の公安が。
STAP細胞の発表がモラルハザードを巻き起こすと横槍を入れたのさ。
遺伝子組み換え実験なんて既に植物やマウスの段階じゃない。
同様に万能細胞をデータ通りに進化させる技術も既に出来上がっているのさ。
いまや技術立国という名称は日本だけのものではない。
私自身の精密な骨格モデル、筋肉モデル、それらのデータを
3Dプリンターでまさにコピーをした姿を。
現に私は視た。
その日・・自宅に帰ると妻の病床に立っていたのは・・若い頃の自分自身だった。
こんな目がショボついた老人じゃない。

若い頃の・・私自身だった。

技術は確立しているんだ。
そして世界最強のスナイパーは既にこの横浜に潜んでいるんだ!」

オレは坂東太郎に向かって顎を突き出した。
「拘置所より病院の方が合ってるみたいだぜ、このオッサン。」
坂東太郎は首を横に振った。
「交番の警察官がその男を発見しています。
つまり伊達さんの若い頃のコピーを。街のあちこちで。」
オレは冗談だろ?と目を見開くと、坂東太郎は軽く首を横に降った。

「何人も確認しています。確かに伊達さんのコピーは存在しています。」

タブレット端末をこれ見よがしに持ち出した坂東太郎は、その若い頃の伊達宗人とそっくりの
男の監視カメラに映った動画を再生してみせた。

「じゃぁ話は簡単だろ、捕まえろよ。」

オレが突き放した言い方をすると坂東太郎は両手を横に広げた。
お手上げです、と云わんばかりに。80年代のアメリカのドラマか。

逮捕する法的根拠がない、またそもそもヤツは<人間>と云えるのかどうか_。

「別件で逮捕するぐらいお手の物だろうが!」

オレは勝ち誇ったように鼻を鳴らした。
それが気に入らなかったのか坂東太郎は首を曲げた。

「奴を確保してくださいよォ、先輩。」
「ヤツが狙っているのが要人ならSPが動くだろうが。違うのか?」

坂東太郎はまた両手を広げた。

「彼らは警護で手一杯です。」

オレは天井を仰いだ。

「で要人が集うのは_?」




「来週の月曜日にパシフィコ横浜で国際会議が行なわれます、だから3日あります。」
いつもながらに時間が無い。
オレは伊達宗人の顔を横目で伺った。

「で、あんたなら・・・パシフィコ横浜で要人を狙うのに・・どこから狙うんだい?」

すると伊達宗人は目を見開いた。そして力無く小声で云った。

人間を狙ったことはないんでね、わからないよ。

今度はオレが両手を広げた。







inserted by FC2 system