横浜シンボルタワー



David Shire - The Taking of Pelham 123 (1974)


翌日からオレは警護の特別オブザーバーという訳の分からない肩書を与えられて、
往時の金メダリスト伊達宗人の複製品を追うこととなった。
着慣れないスーツを着込むというのが気に入らなかった。
胸に着けられたIDカードを邪魔くさいと思いながら、実際のところ、
どこにいるかわからない伊達宗人を探す手口がないまま
途方に暮れていた。
ホンモノの老いた伊達宗人は拘置所にて身柄を保護中。
その間、彼の病気の妻は警察病院に入院の手配がされた。
因って奴のコピーは二度と自宅には行かないだろう。
監視カメラ映像で捉えられた伊達宗人の画像を頼りに
日ノ出町から伊勢佐木町あたりの繁華街で張り込んでみたが。
結局のところ二日間を無駄にした。
監視カメラ映像の集まる県警本部地下の情報収集センターに問い合わせてみても
伊達宗人らしき男の姿は発見されなかった。

坂東太郎は要人警護スタッフに出向させられたらしく、ドタバタしているのか何の連絡も
よこさなくなった。
都合が悪くなると忙しくなる奴というのは、信じてはいけない。アイツも公務員だ。
何の情報も得られないままでタダメシを喰うのも悪くはないが、其れが元で警察に首根っこ
押さえられるのも御免だ。
となれば伊達宗人の行きそうなところを。伊達宗人のオリジナル本人に聞けばいいじゃないか_。
開き直ったオレは再び拘置所に向かった。

拘置所のドアを開けようとしたとき携帯が鳴った。
坂東太郎からだった。
「先輩っすか_。中国の首席が極秘来日に成功しました。
民間の旅客機に偽装した専用機で松本空港に着陸したようです。
私はこれから羽田に韓国の大統領専用機の到着に合わせて警護の応援に行ってきます。
先輩はこれから国際会議場周辺の県警警護班に合流してください。」
と一方的に云うと切った。

踵を返すとまた携帯が鳴った。
なにかいいたいことを思い出したのか、こういう輩は面倒くさくていけない。
「なんだ?」
オレは語気を強めた。
するとどこか聞き覚えのある・・聞こえにくい太くて低い声が耳に飛び込んできた。
「あぁ・・俺だ・・。」
オレの複製品野郎だ_。
「今すぐ横浜港シンボルタワーまで来てくれないか?」
「なぜ?」
「来てから話す。」
「おめおめお前に殺されるためにそんな人けのない場所に行くわけなかろうが。」
するとヤツは舌打ちをした。
「おまえも探してるだろ、伊達宗人をよ。」
オレはヤツのその言葉に聞き耳を立てた。
「いるんだよ、いま、ここに。」
何故ヤツは伊達宗人を追っているのか_?罠の臭いがするじゃないか。
模造品人間大会でもやってるのか?!
「なぜ・・おまえは伊達を追ってるんだ?」
するとヤツは煙草の煙を吐き出すような音を立てた。
「いいか、俺とおまえの間の問題を片付ける前にヤツの確保が先決だろうが。」
なんともいじましいまでの正論を吐く男だ。
「なら・・お前が確保しろ。それで問題ない。」
オレは突き放したものの言い方をした。
「馬鹿野郎、それが出来りゃおまえなんか呼ぶもんか、面倒くさいことになってんだ、早く来い!」
と一方的に云うと切った。

オレは、セブンスターを一本取り出し火を点けた。
拘置所に用はない。どちらに向かうか_?
決まっているさ・・オレは伊達宗人を追っているのだから。
だが。


オレが追うターゲットは武装している確率が高い。
だが当然のことながら法治国家である日本国では銃刀法で
民間人の銃の携帯を禁じられている。
期間臨時採用のみなし公務員といえどもそれは適用される。
丸腰で、遠くからこちらを伺っている野獣を狩らなければならない。
そして悪いことにこの国では身を守るための道具が
ショッピングモールの一画で売られていることはない。
一部の公務員でなければ、闇組織から買い受けるしかない。
だが流石に21世紀も十数年経つと世の中も便利になったものだ。
オレは事務所の一階のフィギュア屋のデブに3Dプリンターによる
9mm銃の模造品をオーダーしていた。
仕様となるデータはネット上に無数に存在していたため、探すのには苦労はなかった。
だが、店長曰く
「寧ろ部品が出来上がった後の後工程のエンジニアリングの部分が難しいかも・・」
と顔色をうかがってきたが「身を守るためだ。支払いは惜しまないよ。」
と告げると、ニヤリと商売っ気を取り払ったマニアとしての顔を見せた。
ほぅ・・。と嘯くと得意げな顔をしてデブは云った。
そして取り出した黄色い樹脂の塊を見た時はさすがに不安を感じた。
おもちゃじゃないのか_?そんな顔をしたのをデブは冷やかに笑った。

「ね?おもちゃだとおもうでしょ?」

しかしよく見るとワルサーP99のようなコンパクトなつくりのフォルムだった。
果たして素人仕事で何処まで本物に迫れるか疑問に思えたが、
まさに「コピー品」としてグリップに施された本物そっくりの
ワルサーの刻印が印象的だった。握った感じは思ったよりも軽く感じた。

「正直云って、銃本体はデータが有れば出来ちゃうのは解ってましたから。
だから銃弾の方が困ってたんですが・・
知り合いが中華街の裏通りで9mm弾を作ってるとこ知ってる・・というので
・・いやぁ簡単に手に入りました。
ただしガンパウダーは少なめにしてもらってます。
5.1グレインがマックスのところ4グレイン程度にしてもらっています。
なにせ本体の強度がわかりませんからね・・。
お客さんに怪我されちゃ堪らない。・・」

「気遣ってくれてありがと。」
そう礼を言うとデブはアイアン・ナースのエプロンのポケットから
もう一つスペアマガジンを出して渡してくれた。

「本当はこういう仕事には使いたくなかったんですがね。」
オタクのくせにしおらしいことを云うじゃないか。
「本当はアニメフィギュアとかもっと想像力に富んだものを・・」
オレはデブに向かって人差し指を立てた。
「想像力なんて女のカラダだけにしとけよ。」
「そのうち生きた人間のコピーも出来るようになるさ。」
デブはきょとんとした表情をしたがその黄色い樹脂で出来たワルサーを
ベルトの後ろに突っ込んでオレは店を出た。
タクシーに乗り込み本牧埠頭の外れの横浜港シンボルタワーに向かった。
史上最強のスナイパーと史上最凶運の私立探偵の模造品が待ち受けているならば
オレひとりではどうにもならない。模造品のベレッタがあったとしても応援が必要だ。
携帯を取り出し坂東に電話する・・・が・・畜生め・・バッテリー切れだ・・。






本牧埠頭のD突堤の外側にある東の突端の東京湾に面した一画に横浜港シンボルタワーがある。
高さ40mの白いタワーだが周りといえば倉庫街とトラックのシャーシー置き場しかない。
隣接する市営の海釣り施設からも1キロ離れている。
催し物でもなければ平日の昼間などは人けのない場所である。
バスも一時間に1本。産業用のトラック以外の車は埠頭にあまり入らない。
タクシーの運転手も手前の海釣り施設までしか行ってくれなかった。
「すいません、駐車料金が余計にかかりますんで・・ここで降りてください。」
海は鉛色に見えた。いつのまにか空は黒い雲に覆われていた。
海辺の防波堤沿いの道をまっすぐ1キロほど歩く。
マガジンに弾を装填しながら。
ふたつのスペアマガジンにも弾を装填した。
恐らくコトが動くならば、その場で修羅場となるだろう。
往年のオリンピック金メダリストの複製品とどうやって渡り合えばいいのか。
更にはオレ自身の複製品とも戦わなければならない。
オレは久しぶりに持つ拳銃の感触を確かめながら。
他に人影もなく、既にオレは狙撃銃で狙われているかもしれない_。
多少の音がしたとしても船の汽笛に合わせれば誰にも気づかれることはない。
そう思うと道端に並ぶ広葉樹の植込みに沿って歩いた。
一歩一歩近づくたびに緊張感が増してゆく。

「おい、遅いじゃないか・・」

不意に植込みの脇から声を掛けられ、オレは銃を構えた。
「よせよ・・落ち着けよ。」
両手をだらっと挙げながらオレの複製品が姿を現した。
顔面の右半分に大きな絆創膏を貼りつけて、間抜けなツラだぜ。
「貴様、こんなところに呼び出して、いったいどういうつもりだ?!」
オレは銃を向けた。
「ったくよ・・そんな物騒なもん持ち出しやがって・・。」

オレは銃を下ろさず、背を向けるように指示すると、ヤツは従った。
革ジャンとズボンのポケットを探り、武器になりそうなものは持っていないことを確認した。

「なにも持ってやしないさ・・。」

オレはヤツの背中に銃口を押し付けて強く押した。

「で、伊達宗人のコピー野郎は何処にいるんだ?」
ヤツは顎を上に向けた。

「タワーの中だ。恐らく展望室にいる。彼是2時間出てこない。」

ヤツは舌打ちをした。

「おまえもたいしたことないな、野郎ひとりぐらいとっつかまえろよ!」
ヤツはゆっくり振り返えりオレを睨み付けた。

「誰がひとりだって言った?伊達宗人のコピー野郎は4人いる。
少なくとも4人いる。あそこにな。」


タワーの方に顎をあげた。
オレは面食らった。
なんてことだ。
史上最強のスナイパーが4人だと。

「なぜおまえは伊達宗人を追っているんだ?!」

「決まってんだろ、坂東太郎が俺たち二人に知らせたのさ、
俺もそのウザったいIDカード付けられたさ。」


「じゃぁなんで奴らが此処に集まることが分かった?」

オレの複製品である「俺」は怪訝な顔をして振り返った。

「なにいってんだ?ネットで伊達宗人の昔のインタビューを探し当てた・・。
ヤツはガキの頃からここで練習してた。
てめえが今のんびり歩いて来たこの道をガキの頃から走ってたんだ。
だからヤツは必ずここに来る。だから俺は二日間張ってたんだ。」


オレは呆気にとられて聴いていた・・・その表情を察したのだろう・・

「そんなことも知らなかったのか_?
まさか二日間闇雲に監視カメラを視ていたわけじゃないだろうな・・?」


そりゃ探偵として当然の行動だ。今の時代、ネットで調べるなんぞ当たり前のことだ。
だが・・まさか「自分」に云われるとは思わなかった。

「で・・坂東には連絡したんだろうな・・」

オレは銃を下ろした。

「それがな・・・バッテリー切れでな・・」

と項垂れてみると、思った通りのことを云った。

「馬鹿野郎、おまえってやつぁ!」

そうは云っても模造品とはいえ、「自分」であるので、互いに面白くない顔をした。
仕方ねえな。いつまで経っても脇が甘いんだよ。

「なら、お前の携帯から坂東に掛ければいい。オレの携帯にかけてきたろ!」
するとオレの複製品は横目で視ながら嘯いた。

「俺の携帯もバッテリー切れだ_。」

ったく、おまえってヤツぁよ!

「仕方ないだろ、こんな辺鄙なところに二日間ハッてればよ。」

うるせえ言い訳はするな。
心の中の叫びも此奴には当然聞こえているのだろう。

「じゃぁ、仕方ないな。二人でやるか。」






オレと模造品は横浜港シンボルタワーに上る階段を登った。
「ところで・・おまえ・・初恋の相手は?」
模造品の「俺」が不躾に聴いてきたので戸惑った。
「孤児院の美咲先生。」
二人で見合わせて頷く。おまえ・・本物の複製品だな。と確認しあう。
突然、笑いが込み上げて吹きだしてしまった。
同じ顔した同じ背丈の同じ中年男が初恋の相手も無いだろ・・。
「そうか、記憶まで完璧にコピーされてるんだな。」
「所詮、細胞レベルからコピーされてるんだからそういう事になるんだろうな。」
タワーの下の階段を登ると大きな金属製の貝殻のオブジェがある。
「ところで・・おまえ・・まさか・・タンタンと寝てないだろうな?」
オレがヤツに切り出すと一瞬、気まずい空気が流れた。
まさか・・おまえ・・

そのとき、銃の発砲音が数発した。
貝のオブジェの陰に隠れて様子を見ていると、再び発砲音がした。
どうやらタワーの上部の展望室からしたらしい。
オレと「俺」は鉄のドアを開け、展望室への階段を登っていった。







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