彼女達の多くは、山頂に雪を頂く頃に人目を避けるように
この湖畔に現われて、遊歩道を歩き、
その先の森の先の入り江にひっそりと立つ
わがアトリエたるこのロッジの煙突から立ちのぼる煙に。
暖を求めにやってくるようだ。
まるで、最後のコーヒーを楽しむかのように。

 

 私はといえば、そんな彼女達には気のいい絵描きに見えるらしく
コーヒーを煎れてあげると、向こうから身の上話をしてくる。
彼氏に裏切られて、身を売った挙句、クスリに手を出した女。
家庭不和で家族から暴力を受けて家出をしてきた女子高生。
上司との不倫を清算し、ひとりこの湖畔に辿りついたOL。
私は、彼女達の話を聞き、大方二杯目の終わりには
山の薬草の成分が効いて寝込んでしまう。

 

 そんな彼女達を、私は地下室に下ろし
手際よく画材に分解してゆく。
いや、そんな格好のいいものではない。
手際よく行きはじめたのは三人目以後のことだ。
最初の頃は、引っ掛かれたり、蹴られたり、噛みつかれもしたし
酷い怪我を負わされたこともある。

 

 今でも好きにはなれない悪臭を伴う後始末などは
正直、嘔吐を催すこともあり
激しい頭痛に悩まされることもあるが・・
全ては之、「藝術」のためである。

 

 地球が温暖化し、我が国でも四季が失われつつある。
私に下されたのは、冬に向かう手前のほんの一瞬の山々の輝きを。
その素晴らしい自然の美しさを後世に・・遺せ・・と、

云われているように。
いかなる手を施してでも「藝術」として・・遺せ・・と
啓示があったのだ。

 

 彼女達の与えてくれた体脂肪はカンバスによく馴染む下地剤となり
ホルベインのペインティングナイフでよく捏ねて、
画用液に混じり合わせると絶妙なコンディションだ。
胆汁はまるで彼女らの体温を保持したような温かな黄色を提供してくれた。
全体的に・・フィルターのような曇りを与える臓器の汁は
他では得がたい画材である。
そしてなにより、紅葉したモミジの鮮やかなバーミリオンは
搾りたての鮮血がピッタリだ。

 

 ここは暫くすると、雪に閉ざされてしまう。
だから、冬の間はなかなか遠出する機会もなくなる。
しかし、食料を備蓄する天然の氷室には恵まれるので
貯蔵さえすれば、ひと冬分ぐらいの食料はなんとかなる。
残った彼女・・たちはこの小屋にひと冬分の暖を与えてくれた。

 

そして私は、ひと冬かけて、100号の大作に挑むのだ。

 

 この湖畔が本格的にモノクロームの世界に変わるとき
私が木炭で描いた紅葉の湖畔のスケッチは、
カンバスの上で色づきを取り戻す。
木炭のブルーがかったグレーの濃淡だけの世界から、
全世界の全ての細胞に染み渡るような
脈々と流れ、血の通ったような美しい色彩に彩られるのだ。
更に私の脳内で美意識によって美化された色彩は、
彼女達のお蔭で再現され「藝術」にまで高められるのだ。

 

ベルが鳴った。

丁度いい。また新たな画材が手に入りそうだ。




 



       



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