その日以来、暗闇が支配した。

夜空には月もなく、瞬く星も見えず

常に暗闇が続いた。

瞼を開いているのか、閉じているのかすら解らないほどに

ひたすら暗い、暗黒の世界が広がっていた。

 

人々は・・いや・・嘘だ。

あの日以来、人にあった記憶もない。

だが、やがて訪れるであろう朝を待ちわびたが。

何日も、何日も、何日も。

幾ら待っても朝が来る気配もなかった。

 

空腹は寒さを煽り

寒さは、冷たさに変わった。

冷たさはやがて痛みに変わり、痛みは募り

しかし痛みは他のものを忘れさせた。

 

その頃になって

やっと歩き出すことをはじめた。

 

恐らくは通りを抜け、街を抜け

都市を抜け、高速の架橋をくぐって

やがて幅の広い凍った川を裸足で渡り、凍った大地を踏みしめた。

 

目指すものなどなかった。

なにせ暗闇の中で、いったい、なにが見えよう。

だが、立ち止まっていられなかった。

常に何かが背後の暗闇から迫ってくる気配を。

常に感じていたから。

 

暗闇は、私の視界を奪った。

そのため何度もなにかに足をとられ転倒してしまった。

そのため何度もぶらさがっているなにかに頭を打ち付けた。

深い溝に落ちたこともある。

だが、そのたびに這い上がり、ふたたび恐る恐る歩み始めた。

 

暗闇は、私の視界を奪った。

だが、そのかわりに聴覚を研ぎ澄ませていった。

まちがいなく当初は、私だけではなかった。

周囲に、誰かが呼ぶような声がした。

だが、徐々にその声は消えていった。

そして今では、何者かの気配だけが、感じ取れる。

 

どうもそれは、人間のものではなく

いや人間だとしても、社会生活とはかけはなれた

なにか野生的な獰猛なものであるような・・気配がする。

暗闇のなかでも夜目の利くのであろうか。

まるで虎視眈々と、私が朽ちていくのを待っているのだろうか。

 

何日も、何日も、何ヶ月も、何ヶ月も、何年も、何年も。

 

ただ、何者かに追われているため

前に進まねばならない、という

ある種の強迫観念が、歩を進めさせた。

 








       
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