まだ高い山の頂きには白い雪が輝いていたが、山は青く、樹木の葉は

 色を深めていた。清流の流れる小川を辿ると小高い山があり、木々の

 生い茂る急な坂道を息もたえだえに登り詰め小びろい広場に出ると、

 いっそう青々しい山脈がその威容を見せる。

 澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込み、まだ少々冷たさの残る空気が肺

 に満たされると体中に酸素がまわり、悪いものが体中から出て行くような

 爽快感がある。

 しばらく山を見ながら呼吸を整え、明るい道を緩やかに登っていくと

 この小高い山の頂上の広場にいきなり飛び出す。

 こんな奥まったところに、と思えるようなところに稲荷神社がある。

 由緒書きのタテ看板には、その昔この地に城が聳えていたことが書い

 てある。


  短い年月であったが戦略上の要衝として城は存在したが

 やがて城は無くなりいまの神社が建てられた。

 それにしても200年300年前のことで、

 公園として整備され始めた戦後に植えられたのだろう

 桜の木も大きく育っている。

 ソメイヨシノの白い花びらが華やいだ気分を高めてくれたが

 嘗ての城主たちの墓の裏手に広がる、あちらの山脈のパノラマには

 圧倒される。なんと、山脈の足元まで、一面の桃畑。

 桃色の桃の花がまるで絨毯のように広がっている。

 甘い香が立ち込めるような、色鮮やかな桃の花に誘われるように

 社の参道の急な階段を、恐る恐る下りてゆき、

 朽ちかけた二の鳥居を過ぎると再び清流の流れる小川に当たる。

 桜の花びらがチラチラと流れてゆく、せせらぎを聞きながら

 一の鳥居には向かわず川沿いに下ってゆく。

 木々の深い森を抜けると、桃畑の隅に出る。


 農道の両側には桃の木が建ち並び、桃色の花が満開に咲き乱れているさまは。

 桃の木の下には、菜の花が所狭しとこれも鮮やかな黄色い花を付けているさまは。

 遅い春を待ちわびたこの土地の息吹が、一気に爆発したような勢いがあって。

 山の頂きの白い残雪、青い山、桃色、そして足元の黄色と、総天然色のカラーの

 洪水がそれでも約束事に従って配列されている。

 なんという贅沢で豪奢で絢爛な、いやひときわ繊細な自然美よ。







  狭い農道を進んでゆくと、人々が群れを成してくるのにぶつかった。

 二列を成して、ゆっくりと、ゆっくりと進んでくる。

 歩みが遅いのは、仕来たりどおりの足運びで合わせながら進んできて

 いるようだ。

  徐々に近づくと、最初のふたりは軽妙に神楽笛を吹いている。

 笛の音が近づき、白い装束の高齢の男が亭主なのであろうか。

 大きな御幣をかざしながら、慣れない作法で

 ゆっくりとゆっくりと歩いてくる。


  そして続く裃をつけた男達が白木の箱、恐らくはお棺を肩に担いでいる。

 これは、葬儀なのだ。そう直感した。

 葬送の列は、桃の木畑の間を通り、大きな屋敷に入っていく。

  物珍しさから、その葬送の列を見ていると、長い長い列の最後を歩く

 喪服姿の4人の女性が、私に声をかけてきた。

「どうぞ、よろしければいっしょにお送りくださいまし、

 多少の宴の用意もございますゆえ。」

 誘われるがまま、屋敷の中に入ってゆくと、

 広い庭があり列の最前列にいた神楽笛の吹き手が笛を奏で続けていた。

 白い布で覆われた、お棺は奥座敷に移されて、その前に白装束の亭主が

 正座して女達は宴席の準備をした。

  私を誘った喪服姿の4人の女性は故人の娘たちなのだという。

 それでもかなりの高齢にはみえたので、亡くなられたのは、更に高齢の方

 なのだろう。

 喪服姿の女性の一人が私に教えてくれた。

 「この地方の独特のお葬式でしてね。これで二日目です。

  明日まで続きます。

  昨日はこの先の池があるんですが、その畔でお通夜のお祭りをいたしま

  して、これから二日かけて魂を御送りする儀式を行なうのです。

 儀式といっても宴席を振舞う儀式でございますので、

 どうか愉しんでいってくださいね。」

 すると亭主が宴席の方に向き、客人たちに向かい、深々と礼をして

「故人のお通夜の儀式を終えまして、無事当家に戻ってまいりました。

 お通夜の儀式は古来、故人の霊の復活を願う儀式とされて参りましたが

 適うことは相成りませんでした。これよりは故人の御霊を御送りする

 儀式に移りたく思います。簡単ではございますが

 食事の用意も有りますゆえ、ごゆるりと故人の思い出を語りながら

 故人の御霊をお送りしたく思います、尚、儀式の間、涙はご法度と

 されておりますので、ご配慮いただけますようお願い申し上げます。」


 殆ど決まり文句のような言い回しで挨拶すると、

 全員にお神酒が振舞われて乾杯をする。

 すると、神楽笛が吹き鳴らされ、庭では舞うものも現われた。


手拍子が鳴り、舞いに加わるものも出てきて。


賑やかな宴席となった。弔問客も泣くものなどおらず田舎料理で


地の酒を酌み交わした。


「しかしなんだぁ、婆さんもさ、あんた方5人をしっかりお育てになってさ。

 お孫さんたちも10人を下らないんだろ?たいしたお方よ。」


「兎に角ね、百も超えればね。大往生ですわなぁ。」


「最後の最後までたいした病気にも罹らずにね。
 
 苦しまなかったというのはね。いやぁ今の世の中では。

 これ、天晴れですわぃ。」


 「ちゃんとね、最後の朝ごはんまでしっかり食べてから逝きなされたって
 いうからね。」


 誰も悲しまない。不思議な葬式だ。


「骨のある婆さんでさ、民主党じゃダメだから

 次ぎは自民党に入れんだよってなぁ」


「昔むかしは、自民党員だったんだよなぁ・・」


「そぅそう100歳越えるとさ。総理大臣名義の表彰状が来たんだけどさ

 総理大臣 菅直人って書いてあったから・・飾らなくていい!って

 怒ったものなぁ」


「そりゃぁそうさねぁ、戦争を生き抜いてきた人だからね、一本筋が通ってんだよ。」


気骨のある人だったらしい故人の懐かしい話はなかなか赴き深い話で。


「ここの家は旧家だから、守っていくのも大変なんだよな、いろいろと。」


「前の先代の亭主が兵隊にとられたときは、ひとりで桃畑世話してたんだよな。


あんたら、息子さん、娘さんの世話しながらさぁ。」


すると喪服の女性の一番若い方が声を明るくして


「おかげさまで、桃のような美人になれましたわい」として


場を盛り上げる。

しかし、もう少し、しめやかにとか・・あるんじゃないのかなぁと


戸惑いながら酌をしてもらうと、


やはり故人の娘という喪服の女性が話しかけてくれた。


「珍しいでしょ、ここいらではねぇ。


お通夜では皆泣くんですよ。故人の復活を願って。


池の畔の石を積んでね、一晩中、火を焚いて。


でも適わなくて泣くんですよ。


でもね、お葬式・・ここいらでは御霊送り(ミタマオクリ)というんですが


そこでは、喜んで、お祝いしながら、魂をね、お送りするんですよ。」


はぁ・・なるほど・・。


「特に母は、長寿を全ういたしましたゆえ・・」


「おいくつだったんですか?」


「百弐歳でございます。


百を超えるとね、葬儀は長寿の全うをある意味祝うというか?」


「祝う?」


「そう、これから夜通しで、ごくろうさまでしたのお祝いをするんです。」






夕方から夜になり、更に思い出話に花が咲いた。

故人の初孫で亭主の息子という大柄な男が話を始めた。

「昔、ばあさんには騙されたなぁ・・俺が子供の頃さ。カレーが好きでさ。」

白装束の亭主が先程とは想像もつかない砕けぶりで笑い始めた。

「ライスカレー作ってやるっていうから、カレーライスだい!っていうと

カレーが下でライスが上になるとライスカレーだって。

そんな話はいいんだよ、もっと凄くてさ。カレー作ってやるっていってさ。」

庭の向こうの水屋を指して「あそこに台所があったんだけどさ。

ジャガイモやニンジンや、玉葱や・・ほらぁ分家の叔母さんとこさえててさ。

こさえててくれるはいいんだけどさ、

途中でカレーのルウが無いのに気がついたんだよな。」


「それでも、俺は初孫だったから大事にされてたんだなぁ。

悲しませちゃいけないって。痛いほど分かりますよ、祖母の愛を。」

亭主の姉に当たると思われる喪服の女性達が吹き出して笑い出した。

酒を酌み交わしながら亭主の息子が話を進める。

「それで、カレーライスの変わりにハヤシライスが出来たんだけど・・」

姉たちは、もうすでに笑いこけている。

「カレールウがないからケチャップとソースを入れてあるからさ、真っ黒なんだ。

それで、云うことが凄いよな。」

「三丁目の林さんのさ、次男の嫁さん、ありゃぁ業突く張りな女だよ!

カレーライス作っている間にケチャップを入れたらさ。

あんまりおいしいからって、自分でさぁ、

<ハヤシライス>って名前つけたんだってよ、勝手に。

失礼しちゃうだろ?

普通サァ、どんなに自分の料理が美味くてもさ、あんなコトいうのは。

やっぱりね、私はおかしいって思うんだよ。

だからね、真似して作ってやったんだ。でもね、ケチャップ足りなかったから

ソース入れたんだ!これが・・ハヤシライスだよ、お食べ。って。」

亭主の息子が故人の真似をしながら、面白おかしく言うもので場はなごんだ。


「って云われて出てきたのが、真っ黒で異様な匂いがする食べ物で

姉たちは気持ち悪くなって、途中で食べるのやめてしまって。

オヤジなんかさっさと逃げちゃったものなぁ。

母と私だけ必死の形相で食べてたんだけど。

それ以後、我が家の食卓にハヤシライスはなかったな。」

笑い声が大きくなり、酔いが廻ったか横になって腹を抱えるものまでいて


「それで一番哀しいのが私ですよ。その話を二十年間信じたな。

で、その話をね、大学のロシア文学の講座で知り合った

美人女学生にしたんですよ。得意になって。

東京の神保町の本格ロシア料理のお店で・・・。

ハヤシライスは三丁目の林さんの次男の嫁さんが・・作ったんだ!ってね。

そしたら、シェフも出てきて私を笑うんですよ。

ありゃぁ昔の人がハッシュドビーフが云えなくて、

ハヤシライスになったらしいんですなぁ。

大笑いされましてね。エライ恥をかいてしまいましたぁ。

え・・えぇ、今の女房さまですがね・・」

するとその亭主の息子の女房が、ハヤシライスを出してきた。

「いや、おかげさまで私の女房さまのハヤシライスはおいしいですからぁ」

爆笑に次ぐ爆笑の中で、夜が更けていった。


すると喪服の女性が、笑って涙を流しながら

「ばあさんがお嫁さんのハヤシライス食べたら、涙流して、

世の中にはこんなにおいしいものがあるんだねぇ!って叫んで・・。

そしたら、あんたぁ、林さんちの娘さんかい?って」

再び、宴席は爆笑に包まれた。




そのまま何の関係の無い私も雑魚寝で泊めていただいて

翌朝になると、朝靄に陽の光が差し込み温かな色彩に染められてゆく。

屋敷に集ったもの皆が、漂う空気までもが桃色に染められた桃源郷に

故人の魂が、緩やかな風となって、ふっ。と、旅立たれたのを

体に感じると、はじめてしみじみとした雰囲気となった。

亭主をはじめ、喪服の女達、家族、親戚が

ゆっくりと深くふかく、頭を垂れて、見送った。


丁寧な土産物を頂戴し、三々五々、解散となった。

「たいへんおせわになりました」と礼をすると

黒い喪服の女性たちは、ため息混じりに疲れ笑いを浮かべて

「これでようやく、泣けますわい。」といった。

一歩、屋敷を出ると、今日も桃源峡はすっきりと晴れわたっていた。








 

感想コメント (10)

ポンポコリンさま。例年ですとあと二週間ほどしたら、新府駅あたりにお出かけになると幻想的な世界が楽しめます。いや、ホンと。今年もイッてみたい! | 平岩隆 | 2011-04-08 05:32:39

人間、100歳まで生きてみると何か分かることがあるかもしれませんね。幻想的な中に現実的な話も出てきて不思議な感触でした。 | おやまのポンポコリン | 2011-04-07 15:51:43

はじめまして・・じゃなかったwワジマヌリさま。百歳超えるとね、もうお互い覚悟もできているんですよ。といいつつ。婆さまネタは実はまだまだあってorz | 平岩隆 | 2011-03-27 20:29:58

こんなお葬式であれば、送る側も送られる側も悲しまなくて良いなと思いました。……素晴らしい作品だと思います。 | 退会ユーザー | 2011-03-27 15:43:31

時期的にさすがに文中に書けなかったですけどね。どこかに寿ぐイメージが残ればと思いましてロケーションを決めた次第でございます | 平岩隆 | 2011-03-27 07:28:51

楽しそうな葬式ですね!読んでる途中で葬式だってことを忘れてしまったくらいですwこれなら泣きたくても泣けないんだろうなぁ | 黒神霧人 | 2011-03-26 21:39:47

ひとつひとつ汚れていって、おとなになってまいりましたわ。てか、是非とも同じところにロケハンしに行きたい。 | 平岩隆 | 2011-03-25 13:31:44

信じ続けてほしかった。 | hONEY♂bEE | 2011-03-25 09:39:57

はにびーくん。マジ噺なんだよ。オレは信じていたんだよ。20年間信じ続けていたんだよOTL | 平岩隆 | 2011-03-24 22:32:41

・・・・ ハヤシライスの由来。へえ、そうだったんだ林さんかあ、ってやられた。なわけないよね。 | hONEY♂bEE | 2011-03-24 




       
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