#4

   


 

港みなとを旅し続け、混乱の都市ケープタウンから乗った船を

降りると石畳の坂が連なる港町だった。

港からは白銀を頂く高い山々が近くに見えていて

息を深く吸い込むとヤニに汚れた肺が洗われるように

空気が冷えていた。

漁師たちは小船に乗り込み漁に出て行くのが見える。

やがて背後の水平線から日が昇る。

すると上昇する温度は水蒸気を発生させ

霧と靄に包まれて、さらにそこに日の光が差し込み

薔薇色に染まった幻想的な光景を見せた。

そして私は初めて南米大陸に足を踏み入れた。

たいした荷物を持たない私は、乗り合いバスに乗り込み

海辺を走り美しい風景をもつこの入り江に降り立つ。

特に目的などない。小さなひと気の少ないこの入り江の風景が気に入ったのだ。

漁村らしいこの小さな村に一軒の小さなホテルを見つけ部屋をとる。

二階の部屋だったが海側に窓が有り明るい日差しがうれしかった。

まだ昼過ぎだったが気前が良く恰幅のよい女将は部屋に通してくれた。

おまけに昼食に手製のアサードを振る舞ってくれた。

石畳を下り海岸線に出ると数隻の漁船が係留されていた。

港の入口には大きな扇形の岩礁があり、お陰で湾内の波は穏やかだった。

岩礁は陸地とはつながってはいないが、間近まで陸地が迫り

そこは公園が整備されていた。

さすがに厚手のコートは必要だが暖かな陽の光が心地よかった。

公園の方からかすかにバンドネオンの音が聞こえてきて

興味が湧いてきて、図らずも公園の方に歩を進める。

なんともしれぬ奇怪な旋律だった。恐らくは調子もおかしいのだろう。

ただ何の気無しに、興味を惹かれるような不思議な感覚のしらべに。

吸い寄せられるように、花壇の植え込みの向こうにいる

車椅子の男と介助している大男の方に向かった。

バンドネオンを掻き鳴らしているのは老いた黒人の小男で

なにやらアフリカ訛りのあちらの言葉でぶつぶつ言いながら

憑かれたように弾きまくっている。車椅子の後ろに立っている大男は

老人の息子らしい。

ひとしきり曲が終わると老人は黄色い歯を見せて笑った。

私が話しかけると、大男の息子が答えた。

「もう父は、この世界のことは、興味がなくなったらしいです。」

聞けば元々アフリカから漁に来ていてこのあたりに棲みついたのだが

この入江は魚の宝庫だった。だがいつの頃からか魚が獲れなくなったという。

「私は父がこの国に来てから生まれたんですが、時折父が云うんですよ。」

この岩礁の裏の深い深い底に坐す“太古からの”“異教徒の”

“神とは言わないが神に近い存在”が“いけにえ”を欲している、と。

父が“アフリカの海から連れてきた”“魔物”が“異教徒の”

“ひとばしら”を求めていると・・。

老人は口ごもりながらムニャムニャとそう語り続けているのだ、と。

なんともグロテスクな話を聞かされても、この親子が見せる笑顔は

このあたりの人の気質なのだろうか。妙に明るいものだった。

陽が傾き、親子と共にホテルの方に帰り道を進んでゆくと

親子はホテルの真向かいのアパートに住んでいるとのことだった。








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