20110826 すいか泥棒

2011年08月26日作

跡地２に出すための文章を考えていたときに別なネタで、
かなり長期間（ぃゃそれほどでもないか）現地調査などをしていて
現在もまだプロットがニコゴリ状態なのですが
その実験作としての文章にもなってしまいました。
時代背景としては、そのあたりに準じたものになっています。
闇が闇だった時代・・とでも申しましょうか。

あぁ「短編家」さんの8月のお題が「すいか」ということで。
Suicaを使った都会的なミステリーとか。
スイカフラッペをビーチで愉しむエイリアンとか
いろいろ考えたんですけどね、結局ストレートに我が道を行きますｗ

昔90年代ビデオバブルな時代にかの特殊メイクの巨匠スタン・ウィンストンの
監督作品「パンプキンヘッド」なる映画があってですね。
主演がランス・ヘンリクセンで。（←ここ重要！）
小品ながら「田舎の風景」と「農産物」と「化け物」という三題噺を
勝手知ったるジャンルで煮込んだマニア向けの良作でございました。
そのあたりが今回の文章のD.N.A.として繋がるところでありましょうか。
しかしヘンリクセン、顔に似合わずいい人らしく、
かのジェームズ・キャメロンとかウィンストンとか
「殺人魚フライングキラー」以来の盟友関係を作っていたのであります。
初主演映画「フライングキラー」で殺人魚が動かず、
ぶちきれるキャメロンに怯えながらウィンストンを励まし、
自ら殺人魚の模型を修理するヘンリクセン！
この絆がかの「ターミネーター」に繋がるという・・.
いやぁいい話じゃぁござんせんか！

サウンドトラックは原点に戻り、ショパンのノクターンでございます。

　忠三が寝苦しくて汗まみれになって、寝返りをうつと、
隣の布団で寝ていた啓二兄ぃの顔が目の前にあったのでびっくりした。
というのもしっかりと眼を見開いていたからだ。
「忠三、おまえもいくか？」
啓二兄ぃが云うので、寝ぼけ眼を擦ると、既に紳一兄ぃは濡れ縁で
草履をはいていた。
啓二兄ぃが這い出るのに続いて蚊帳から這い出る。
外に出ると幾分か風が吹いていたので、心地よかった。
「兄ぃたちはどこにいくの？」
シーッ！啓二兄ぃが口元に指を立てる。
「おふくろが起きるだろっ！」小声で激しい口調で云うので驚いてしまった。
「忠、黙って着いて来い。それができなきゃ黙って寝てろ。」
紳一兄ぃが云うので、コクリと頷く。

　ボロのランニングシャツ姿で雪駄をはいた毬栗頭の三兄弟が
庭先から外に出る。
街燈すらない暗闇を。満天の星のまたたく暗闇を。
終戦だ、と云われてその夏から2年経ったが、父は帰ってこなかった。
父の友人だという片足の男が、父の愛用の眼鏡を届けに来ただけだった。
それ以来、母親は厳しく兄弟を躾けるようになった。
だけど育ち盛りの兄弟。腹が減って仕方がない。
そこで悪いことと知りつつも、泥棒をすることとした。
今夜、三兄弟が行く先は、用水路の向こうの伍作さんのスイカ畑だ。

　用水路にかかる小さな橋を渡り砂の混じった土の感触を草履に
感じながら、玉葱畑を抜けると、紳一兄ぃが小声で言う。
「肥溜に気をつけろ」
鼻をつく臭いが遠のくと、真っ暗な闇が広がった。
啓二兄ぃは得意げに云う。
「今晩は朔（さく）だからよ。」
「さくってなぁに？」
「新月で月が出ないってことさ。」
「だから真っ暗なの？」
紳一兄ぃが先程よりは大きい声で言う。
「そう。だから伍作さんにも見つからない。
いいか忠よ。泥棒がばれないように畑の真ん中に行ってからとるからな。
スイカがゴロゴロ転がっているから、気をつけろよ。
踏みつけて台無しにするなよ。」
泥棒にも一分の義理があったようで。
恐る恐る畑に足を踏み入れる。
あぁ、スイカが転がっているのを足先で感じるのを除けながら
畑の真ん中に向かって歩いてゆく。

「兄ぃたちぃ、教えておくれよ。あの片足の兵隊さんはなにしにきたんだい？」
末弟の屈託のない疑問に兄たちはそろそろ教えてやらねばなるまいと感じた。
「実はな、忠よぃ。おとうさんは、南方の島で亡くなった。
だから帰ってこない。」
忠三も学童疎開を経験してきた。仲間内の話も聞いていたりする。
だから大凡の予測はしていた。
「南方の島のジャングルで地雷を踏んで、バラバラに吹き飛んだ、らしい。
それであの片足の兵隊さんのところに頭だけがゴロリと転がってきて・・。」
紳一兄ぃは、口が滑ったのを自らしまった！と思い舌を打ち鳴らした。

　だが、啓二兄ぃも忠三も意外に冷静だったようだ。
むしろ今から行なう犯罪行為に、スリルを感じているようだった。
畑の真ん中に辿りつくと、三兄弟は闇が更に深まったことに気がついた。
忠三が空を見上げると、いつのまにか満天の星空は雲に覆われていた。
完全なる闇と静けさが辺りを包み込んだ。
「雨が降る前に、さっさと帰ろうぜ。」紳一兄ぃの声がする。
「忠、ひとり一個だけいただけばいいんだからな。」啓二兄ぃの声がする。
「はいよ。」忠三が答える。

「落として割るなよ！」紳一兄ぃの声がする。
「忠、落として割るなよ！」啓二兄ぃの声がする。
「はいよ。」忠三が答える。
三年生の忠三は、大きなスイカの実を苦労して取り上げる。

そのとき不気味なカケスの鳴き声のような声が畑中に響いた。

　なんとも気持ちの悪い声が響いたので、
忠三はビックリして折角取り上げたスイカを落としてしまったが、
すぐに拾い上げる。
あぁ、割れていない。傷もついていない。
ホッとすると忠三は、さっさと帰りたくなった。
「紳一兄ぃ、これからどうするの？」忠三は尋ねる。
何も聞こえない。
「啓二兄ぃ、これからどうするの？帰るの？」忠三は尋ねる。
何も聞こえない。

　不気味なカケスの鳴き声のような声が再び畑中に響いた。
何も見えない暗闇の中で。他に何も聞こえない中で。
「兄ぃたち、意地悪しないでよ！」
忠三は大声で呼ぶ。
大声を出せば、怒ってくるに決まっている。
だが、誰も答えない。

「帰っちゃったの？！」
忠三は大声で呼ぶ。
だが、誰も答えない。

　不気味なカケスの鳴き声のような声がさっきより近くで響いた。
こんな暗闇でカケスが飛ぶわけないじゃないか。
そもそも鳥目ってのは暗闇じゃなんにも見えないんだぜ。
じゃぁ・・いったなんだよ・・。
忠三は恐る恐る元来たであろう方向に向いて歩き出す。

　足元に転がっていたスイカにけつまづいて、持っていたスイカを落としてしまって。
割れてしまったようで。
これじゃ兄ぃたちに怒られちまう！と、暗がりの中を手探りして。
けつまづいた大きなスイカを手繰り寄せて。

　でもそれは、スイカじゃない。
もっと重くて、もっと硬くて・・。
指先の感覚に神経を集中して・・。
やわらかい薄い突起・・。
毛が生えている・・。
それがいったいなんなのか・・。
それが、もし想像通りのものなら・・。
暗闇に包まれたスイカ畑の真ん中で、小便が漏れるのを感じた。
半ズボンの下に流れ出す温かで不快な液体が地面に広がってゆく。
泣きたいけれど、涙も出ない。
全身の力が抜けて、腰が抜けて、

カケスのような不気味な鳴き声をあげながら辺りを廻っている。
すぐ近くまで・・すぐ後ろまで・・ヤツはきている。
耳のすぐ後ろになにものかの吐息を感じて、背筋が凍りついた。

ジェーッ！ジェーッ！ジェーッ！

あまりの恐ろしさに忠三は気を失ってしまった。