「短編家」さんの9月のお題が「月」ということでして。
・・・・・えっ?

いまじゃどっぷりとジャンル作家への道を邁進する?不肖・平岩。
数ある「途中でオジャン」企画の中にあるもので、実際の事件を基にした
拙作で云うと「美女と液体人間」にちかい雰囲気の文章がありまして。
完全に止めてしまうにはもったいなくて、現在「中断中」ということに
なっているんでありますが。
そのあたりの臭いをですね、思い出しながら・・というか習作でございます。

いっときイタリア映画にはまってしまった時期があってですね。
いやダリオ・アルジェントじゃなくて。
ルチオ・フルチやデオダートじゃなくて。
シネマイタリアーノな世界のね。レアリスモなヤツね。
そうすると当たるわけですわい傑作映画「刑事」にね。
地味に地味に地道に進められる捜査を追っていくうちに
人間模様が語られていくみたいな。
あぁいう線を狙っているうちにドツボに入ってしまって。
いかんですなぁ・・・。

え?ジャンル?・・・ホラーでも怪奇でもないけど・・
ジャンル作家なんでw

サウンドトラックはフェルナンド・ソルのギター曲。

moonlight 月光 (Estudio)・・泣けるよな。








「ギョク入り」


  
あぁ、馴染みのお客さんという感じじゃぁなかったけどね。
まぁ、毎日毎日、盆も暮れも無くこの店に通ってきたね。
必ず昼の一時すぎになって客足が減り始めるときを狙っているように
「かけそば」の券を力任せにグニャリと曲げてさ。
50円玉と一緒に置いて言うんだ。

「オヤジ、そばで。玉(ギョク)入りな。」

いっぺんバイトの若いやつが「月見そば」の券もありますから・・って
云ったんだが、ハハハ、聞いちゃあいない。
ほら人相も強面だったからさ。それ以上のことは誰も言わなかった。
そばを受け取ると必ずほらあそこの角の窓辺のカウンターに行ってさ。
ゆっくりとそばを食うんだ。

だから近所のサラリーマンで、仏頂面だから部長さんぐらいかな。
そう思ってたんだ。
最初はそれでもスーツなんか着てたんだが、
いつのまにか普段着みたいな格好になっちまって。
リストラでもされたのかなって。
そう思っていたんだけど、違ったみたいだな。
だって毎日くるんだもの。
とすればさ、そっちのスジの人だと思うわな。
そういう人も多いからさ、このあたりは。
だから・・怖いしさ。いやぁそれ以上のことなんか・・ないない。

まぁ私もね、仕事しかない男だからね、それにこういう店だからさぁ
電車が走っている限りは休みが無いのね。
もう10年?いや・・もっとになるんじゃないかぁ?
木枯らしが吹く寒い日も、雪の日も、
熱中症警戒情報が出たって、ゲリラ豪雨の日にだって。
あの強面のお客さん、やっぱり休まずに同じ時間に来て
「かけそば」の券と50円玉と一緒に置いて言うんだ。

「オヤジ、そばで。玉(ギョク)入りな。」ってね。

別に情が沸くということも無いんだけどさ。
ある日、てんぷら乗せてやったんだよ。かき揚げの。
そしたら、なんだろなお客さん、柄にも無く震えてるんだよ。
おもしろいひとだなって思ったけどな。



 
 それが今週の火曜日の明け方のことさ。
パトカーがいっぱいこの前のところに止まってさ。
なんか向かいのビルの何階だかに違法カジノがあって
摘発されたらしいんだよな。
新聞にも出てたろ、一斉検挙だって。

 それでさ、なにごとか、と思ってさ、店の外に出てたらさ。
あの強面のお客さんが降りてくるんだよ。
てっきり捕まっちまった・・って思ったらさ。

刑事(デカ)さんだったんだなぁ。

びっくりしたよな。

外国人みたいなやつらを連れてパトカーに乗り込んでいったよ。
ありゃぁずっと張り込んでいたんだな。

だからもうこの店なんかには来ないと思ったんだがね。
来たんだよ。
強面の旦那が。にやりと笑ってさ。
「てんぷらそば」の券を力任せにグニャリと曲げてさ。
50円玉と一緒に置いて言うんだ。


「オヤジ、そばで。玉(ギョク)入りな。」


 





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