天城の峠を越えて狩野の川に沿って下り始めたすぐのところに
其処だけ明るく開けた岩場があってさ。
其処から眺めると、ちょうど真下のあたりに大きな滝があるんだにぃ。
岩を打ち砕いたような瀑布で、ゴオォっと腹の底に響き渡るような音がするから
すぐわかるだに。

 このあたりゃぁ、よぅ、昔っからぁ不思議なことが起こるんでよう
暗くなったら近寄らないことだょ。
あの岩場の裏には小広い空き地があるんだが、あすこにゃ昔々はさ。
浄蓮寺っつぅお寺さんがあって、もう朽ち果ててしまったがなぁ。
動かせる墓は動かしたらしいが、そうも出来なかった墓なんかは
今でもここいらに放って置かれているんだろうなぁ。
脅かすないって言ったって、ホントのコトだものな。

 あんたぁ旅の人なら教えておくが、あん滝には近寄らんことだ。
あぁわかるさ、つめてぇきれいな水が飲めるさ。
だがな、あん滝には近寄っちゃぁならねぇ。
え?野暮なこというなぃ!って・・・
あぁ、それじゃぁ云うけどな。

 昔々大昔からあの滝壺にはなんかいる・・云われてきてな。
与一という男が滝壺の近くで休んでおったら糸がいっぱい・・。
足に絡み付いてきたと。
蜘蛛の糸のような柔らかなしなやかな糸だったらしいんだが、その糸を近く
の切り株に結びつけたらメリメリバリバリと強い力で引っ張られて滝に
引き込まれた・・・

 なんて話があるんだに。
すると滝壺から「ここで見たことを他に云ぅてはならん」と女の声がする、とな。
与一は誰にも言わず一心不乱に働いてさ、名主になった・・とかな。

 その与一の数十代のちの与左衛門は木樵をしていてさ、いやぁ下の方の部落から来たんだが
道に迷って滝の上のあたりで滝壺に鉈を落としてしまってな。
鉈を探しに滝壺に飛び込むと中からこの世のものとは思えない別嬪なおなごが
現れてで。

「ここで見たことを他に云ぅてはならん」と云い、鉈を返してくれた。
与左衛門はおなごの美しさに呆けてしまって、毎日毎日この滝に通いつめてさ。
日に日に窶れて衰弱していったんだに。
先程云ったろ浄蓮寺という此処にあった寺の和尚が
「滝の主の絡新婦に取りつかれたのではないか」と疑い、跡をつけたんだに。
すると、まぁ滝の前で与左衛門が蜘蛛の糸に包まれて倒れていたんだに。
しかも滝壺に引きづられているところでさ。和尚が咄嗟に読経して
一喝すると蜘蛛の糸は与左衛門から離れて滝壺に消えたんだとさ。
ところが後がいけねぇ・・。

与 左衛門のヤツぁ絡新婦の化身のおなごに心底惚れてしまいおって。
和尚があのおんなは絡新婦の化身だ、と諭してもまるで諦める気配もなく
返って与左衛門の気持ちに火がついてしまったんだに。
与左衛門はこの天城の山の天狗様に、おんなとの結婚の許しをもらおうとしたが
天狗様ぁ、鼻にも引っ掛けないで追い払った。

 与左衛門、こうなれば、絡新婦の化身のおんなに直談判しようと滝に出向くと
滝から伸びた糸に絡め獲られて滝壺の中に引きずりこまれたんだに。
その後、和尚がいっときは滝壺に封じ込めたんだが、最近また出てきよったんだに。
絡新婦がよ・・。


 んまぁ・・そんなことがあるからぁ、陽が傾き始めたら
この山ぁ降りて、滝なんかに近寄らんことよ。

 え?
よせやぃ
「ここで見たことを他に云ぅてはならん」だと?
ここにゃ、わしとあんたのふたりしかおらんでしょぅょ・・。
「ここで見たことを他に云ぅてはならん」といわれても漏れ伝わるのがひとの常ぇ?
あぁ、よせやぃそんな物騒なもん持ち出すなぃ!
あ?あんたぁ島抜けしてきたんかいっ!
後生だからよぉ、助けてくれぃ!
こんな爺殺しても仕方なかろうが!





20120131 絡新婦 口上

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