20130205



鬼っ子  






ここのところ、なんというかモノを書くのを億劫がっているとナニも書けず。
しかしなにげに題材を与えられて、そして他の作家さんが。
まして仲の良い作家さんが”コレ”といわんばかりの傑作を書かれると
「燃える」わけであります。
燃えるとノリに乗って書いちゃうわけであります。
それが最初に意図したものと、書いている間に、徐々にずれていったとしても。
書いていく途中で、謎が謎を呼び更に其れが別な意味を持ち始めたとき。
いやぁこりゃぁ面白いことになったゾ!とほくそ笑む次第。

さて2013年2月の「跡地」短編企画に自ら捻り出したお題「鬼」に出品するものを
考えている間にJINさまが物凄い傑作を出してくれまして。
ハッキリ云って「やられた!」とか思ったものな。
そういう傑作を読むとコレ、燃えてしまうんですな。
<しかし、なかなか燃えないのが体脂肪・・orz>
そしてGoogle Drive上で時間の合間に書いたのが今回の文章。
年代不詳、いろんなところ不詳。
ストーリーのエッセンスは小泉八雲の「雪女」とか横溝正史の「八墓村」の雰囲気ですが
なんとも奇妙な話になっていってしまいました。

不肖平岩が「跡地」の最初の頃に取り組んだ”山の神様サーガ”に
久々に付け加えたい一篇になりました。
雪男だの山姥だのに加え”鬼女”。あなおそろしや。
ノリに乗ったついでに、長編とは云わず中篇ぐらいにブローアップしてみたいな♪
とか思ってますw(予定は未定・・うん。)

サウンドトラックは意外にも奇をてらわずw
ヴィヴァルディの「四季」から”冬”でございます♪
 



 

 





 春を告げる節分が過ぎると返ってこの村は寒さが一気に厳しくなる。
シベリアからの寒気団が海を越えて流れ込んでくるから。
そして雲は山にぶつかって、麓のこの村にたくさん雪を降らせて。
強い北風が山をくだり谷に吹き降ろしてくるときに大きな風の音をたてる。
ときに、獣が狂おしく吼えるような。
ときに、人が寒さに耐え切れずに嘆くような。
ときに、か細い声でおんながさめざめと泣くような。

こんな吹雪の夜には。

「ちぃちゃん、眠れんのかぇ?」
「うん、お外の風の音がするから。」
「大丈夫だよ。ここは深い谷間だから大きな風の音はするが吹き飛ばされることはないぇ。」
「うん。」
「さぁさ、酒粕を煮たからよ。これ飲んで温んでよ、温んだら湯たんぽ抱いて寝ちまえ。」
 
 婆は囲炉裏で熱い甘酒を沸かしてくれて。
囲炉裏によって熱い甘酒を啜りながら。
古い家だったから隙間風が吹き込んできて。
でも囲炉裏の傍は暖かかった。
ものごころついたときから爺と婆と暮らしていた。
爺と婆はとてもやさしくしてくれたし、特に婆は幼い私を可愛がってくれた。

「爺は大丈夫かな?」
「この雪じゃ爺は下村で足止めじゃろ。大丈夫、下村にゃ木賃宿はいくらもあるしさ。
さぁ甘酒飲んだらよ、湯たんぽ抱いて布団にはいって寝ちまえ。」
婆の云われるまま、湯たんぽに手ぬぐい巻いて、抱きかかえて囲炉裏の傍の布団に入った。
婆も隣の布団に入ったようでランプの火が消えると囲炉裏の灰の中の豆炭のぼうっとした
火だけが小さく赤く見えた。
 暗闇の中で雨戸が外からごうごうと強い風に叩かれているのを聞いていると怖くなった。
ときおり激しく叩かれ、そのたびにぴょんと起き上がってしまうのを観て婆は静かに云う。
「大丈夫だよ。おやすみ_。」と。
しかしあまりにごうごうと風の音がして、そして物凄い地響きがして。
そのあと、音がやんだ。
「屋根の雪が落ちたんだ、きっと。これじゃ埋まってしまっただろうね。」
婆は動じることも無く淡々と云った。
「ほんとに大丈夫なの?」
不安げな言葉の問い掛けに婆はなんの驚きもしないようだった。
「屋根裏から出られるから大丈夫だよ、冬は毎年そうじゃ。
かえって雪に塞がれちまえば、風が入ってこんから温まるわい。」
 婆の家は古い家だから屋根が高く二階というより大きな梁に厚い板を渡しただけの
屋根裏部屋があった。しかもその上の梁を利用した三階もあった。
高い場所で階段は無く梯子で登る為
「危ねぇから、ちぃちゃんは上がったらいけんよ」と云われていた。
確かに辺りを雪に塞がれてしまったようで、今度はし−んと静まりかえった。
しかし外はいまだ風が吹いているようで、頭上の梁の上のあたりからぴゅーぴゅーと
隙間風が音を立てている。

 その風の合間に聞こえた・・気がした。

 哀しそうな、おんなの人の声だ。誰かが外にいる_。
思わず飛び起きると、隣で寝ていた婆が静かに云う。
「ちぃちゃん、まだ起きていたんかぇ。大丈夫、はよう寝。」
再び布団に入るが、目が冴えてしまった。
「婆、おもてに誰かいるよ、可愛そうに泣いているよ・・」
「ちぃちゃん」婆が語気を強めたので、驚いた。
「ちぃちゃん、誰も居ない。こんな雪の中、誰もいるはずがない。」

「でも聞こえたろ、婆も聞こえたろ・・」

 婆は仕方なしに・・というのが声色でわかった・・小声で話し始めた。
「昔な。ちいちゃんの知らない昔にな。このあたりに”はやり病い”があってな。
酷い熱が出て、酷い下痢した挙句、真っ黒になって酷い有様で死んでゆく・・。
あぁ、とにかく酷い病でな。
たぁちゃんのおじいさんやみっちゃんのおばあさんやらたくさん死んでしまったんだ。
薬も効かずにな、苦しんで亡くなっちまった。
お医者にかかっても・・いやぁ隣村のお医者さんも死んでしまったぁ。
だがよ、この村はまだマシだったんよ。
冬が来る前には、この村で病を患ってるもんは誰一人いなかったんよ。
ところが他の村じゃまだ”はやり病”があってさ。
そこで村のもんは村の入り口に土塀を作ってよ。
余所から誰も入ってこれないようにしたんだ。
この村に逃げてこようとするものもいたが追い返してな。
おかげでそれ以上には酷くはならなかった。
喪に服して正月が終わって節分・・あぁ今頃だ・・。
雪が深くなって土塀よりも深く雪が積もって。
吹雪の晩にさ。隣村からさ。
おんなが逃げてきたんだ_。」

「働き手すら失った他の村じゃよ、その冬の食べ物にも事欠く始末でさ。
だがまだ病が流行っていたから誰も近づけなかった。
だからひもじい思いをしてさ、食べ物を無心に来たんだ。
幼い子どもを連れてさ。
”遅くにすみません。”
”おねがいです。”
”ひと晩泊めて下さいし。”
”この子に食べ物を分けてくださいし。”
てさ。」

「だがよ。村のもんはだれも泊めてあげなんだ。
だって病気がうつるか・・知れんし。
可哀想だが、病気に罹ればこちらが死んでしまうし。
すると母親はよ。
”遅くにすみません。”
”おねがいです。”
”ひと晩泊めて下さいし。”
”この子に食べ物を分けてくださいし。”
”わたしたち病気に罹ってませんから。”
”この子だけでも御願いしますし。”
てさ。」

「かわいそうだよ・・。」

「でも本当は病気に罹っているかもしれんし。
だから村のもんは誰も泊めてあげやせんでさ。
だって怖いもんな。
治りゃせん病だったからな。
翌朝、男たちが二本松のお堂で抱き合って寝ている親子を見つけたんだ。
だが子どものほうは死んでた。
黒くなってない、きれいな顔して死んでいたそうだ。
病気じゃない、凍死だよ。
男たちは罪の意識もあったが、母親は気が動転していたらしい。
わが子が死んだことを飲み込めないのか、飲み込みたくないのか
激しく動転したが、ようやく事を飲み込むと
男たちにわが子を殺したのはおまえらだ!と叫んだらしいよ。
そりゃそうさね。どんなおんなでもそう思うだろうよ。
だがそのときあんまりに暴れたことと。
その母親が思いの外、きれいな女だったことが禍してな。
まぁ、よろし。
おんながあまりに怒ってしまったもんでし。
気がふれてしまってし。
素っ裸で子どもの亡骸を抱いて山の方に逃げて行っちまったらしい。」

「その翌年からさ。
吹雪の夜になると、泣きながら戸口を叩くんだよ。
”遅くにすみません。”
”おねがいです。”
”ひと晩泊めて下さいし。”
”この子に食べ物を分けてくださいし。”
”わたしたち病気に罹ってませんから。”
”この子だけでも御願いしますし。”
てさ。」
「開けてあげないの?」

「おんなはそれ以後、おんなぁこの村のものを皆、憎んで、呪ってし。
鬼になったんじゃ。
そんなことの後だから可哀想に、と戸口を開けたら最後
おんなはその家のものを誰彼見境なく殺してしまった。
謙三さんもやえちゃんの一家も爺も婆も赤子もみんな!」

 あまりの話に幼い胸は震えた。
「だから雪の夜は誰が来ても戸口を開けちゃ駄目だし。
もしなにか尋ねられても、答えちゃ駄目だし。
だから布団に包まって寝てしまうんがええ。
だから、ちぃちゃん。目を瞑って寝ておしまい。」









 

 そんな話を聞けば胸は高鳴り、感覚は不必要なほど鋭くなった。
梁の上の隙間風はぴゅーぴゅーと音を立てている。
そしておんなのさめざめとした泣き声が聞こえてきた。
戸口を叩く音_。
とんとん。
とんとん。

”遅くにすみません。”
”おねがいです。”
”ひと晩泊めて下さいし。”
”この子に食べ物を分けてくださいし。”
”わたしら病気に罹ってませんから。”
”この子だけでも御願いしますし。”

 子どもながらに、心臓は高鳴り、言いようのない冷たさを感じた。
”恐怖”の感覚を持ったのはこの時が最初ではないか。
婆が耳元でしーっと小声で囁き、手を握ってくれた。

とんとん。
とんとん。

二階の窓を叩く音がして、次に力づくで窓の木戸を開ける音がした。
ぎぎぎぎぎいいいぃぃぃっと。
誰かが外から入ろうとしている。

とんとん。
とんとん。

”遅くにすみません。”
”おねがいです。”
”ひと晩泊めて下さいし。”
”この子に食べ物を分けてくださいし。”
”わたしら病気に罹ってませんから。”
”この子だけでも御願いしますし。”

とんとん。
とんとん。

”誰も居ないのですか”
”それじゃ、なかで休ませてもらいます”

梁に引き詰めた板がぎぃっと鳴る。
誰かが入ってきた。

”お外はたいへんな雪で往生しました、ここで休ませていただきますよ”

 おんなの人の声だ。
ぎいっと板を踏む音がする。
次にドスっと板が折れるような大きなものを置くような音がして。

”はぁ暖かな家で、ようございましたえ。
あぁ?酒糟の甘い臭いがするじゃありませんかぇ。
私も御呼ばれさせていただきますし”

 今度は二階に繋がる梯子がぎゅっと鳴り、ぎぃっぎぃっと音がして
誰かが降りてくる_。
恐怖のあまり震えが止まらず、抱いていた湯たんぽさえ凍りついたように思えた。
ぎぃっぎぃっと音がして、足音が囲炉裏の向こうに降りた。
”囲炉裏の残り火が暖かですわい。”
火箸を握り灰の中の豆炭を穿りおこすと仄かな赤い色が一瞬広がる。
その赤い炎に照らされて真っ白い肌の半裸のずぶ濡れのおんなの姿が
暗闇に浮かび上がる。
乱れた髪の毛、柔和そうだがまるで猪か狼のように唾液を垂らす口元_。
だがいちばんの印象深いのは獣というよりはこの世のものならざる憎悪に満ちた
鋭く輝く眼光だった。
視線が合うのを恐れて、思わず眼を閉じた。

”急に目蓋を閉じても駄目だよ、起きてるのはわかってるよ、お嬢ちゃん”

しまった_。

ぎぃっぎぃっと床を踏む音がして、おんなが近寄ってくる・・・。
ぎぃっぎぃっ
ぎぃっぎぃっ
ぎぃっぎぃっ
ぎぃっぎぃっ



”お嬢ちゃん、起きているんだろ、目蓋を開けて御覧なさいな”
嘲り笑うような聞いたことも無いような下品な笑い声を上げる。
”お嬢ちゃん”
”お嬢ちゃん”
布団の縁が踏まれている・・。
あぁ・・おんなの息遣いが聞こえる。
もう、すぐ其処まで来ている!
そのとき婆が手を強く握ってくれた。
そのまま婆の方に引き寄せられた。
婆が起き上がり枕元に隠し持っていた山刀を取り出した。

「この子に手を出すんじゃないよ!」

婆は私を庇うように、おんなの前に立ちはだかった。
すると、おんなは下品な声で高らかに笑った。

「自分の子に手を出す訳が無いじゃないか!」

おんなは婆が握る山刀を振り払い、婆の身体に圧し掛かって馬乗りになった。
後頭部を殴られたように呆然としていた私は足元の大地が崩れてゆくような。
目が回った。目が回って尻餅をついた。
「お嬢ちゃん、わたしゃ・・あんたのおっかぁで・・。」

おっかぁ・・。

「云うなぁーっ!」
婆が物凄い形相でおんなに罵声を浴びせたが、ケラケラと笑うばかり。
「村の男どもに辱めを受けたあとに生まれた赤ん坊が・・お嬢ちゃんなんだよ。」
目の前がクラクラとしていた。

ボタっ。
なにかの滴が肩に当たった。
雨漏りでもしてるのだろうか_。

「この村の男どもの慰みものにされて、山の中で苦しんでいるのを見つけたこの家の爺と婆が
私を・・わたしと私の子どもを哀れんでこの家に連れて来て、でも人目があるから・・。
この家の二階の梁に板を渡して、その上の屋根裏部屋にわたしを監禁して、手足を縛り・・。
お嬢ちゃん・・あんたここの屋根裏部屋で生まれたんだぃ。
子どもの無いこの老夫婦がさ。
子ども欲しさにわたしをここに連れ込んで・・。
あんたが生まれるとわたしから取り上げたんだぃ。」

ボタっ。
なにかの滴が肩に当たった。

ボタっ。
ボタっ。
ボタっ。

「あんたが生まれると、爺は私を縛り上げ男たちを集めて
またわたしを慰みものにしたんだ。
はした金を取ってね!
この家の屋根裏部屋でね!」

ボタっ。
ボタっ。
ボタっ。

 肩に落ちた滴は濡れ広がり、見るとそれは雨漏りなどではなく・・
梁に渡した板から漏れ落ちているのは血だった。
「吹雪の夜に出歩いたら、いけんと云われてるでしょ。
言い伝えは守らんと・・爺のようになるよ_。」
二階でこんなにたくさんの血を流しているのは・・。
婆が半狂乱になって泣き叫んだ。
だがおんなはケラケラと笑うだけだ。
「おかしいねぇ、もっと泣くがいい、泣き喚けい!」

「今夜はあのこの七歳のお誕生日だからね・・お祝いをしてあげなきゃねぇ。
この村のもん、みーんな殺してあげるからねぇ。
わたしら親子を見殺しにしたこの村のもん、みーんな殺してあげるからねぇ・・」

あのこ_。

 上


「あんたのお姉ちゃんだよ。ここの家の三階の屋根裏部屋に今もいるよ。
墓も作られずにここの屋根裏部屋にずっと隠され続けているんよ。
可哀想にねぇ・・。わたしらを見殺しにするだけじゃないんだ。
わたしを辱め、わたしの子どもを葬りもせんの。
酷いでしょ・・。」

お姉ちゃん_。

 辺りは徐々に血生臭くなった。婆は過呼吸で息も絶え絶えだった。
豆炭の燃える臭いと血の臭いが交じり合った臭いに噎せかえるほどで。
あまりの出来事に目の前がくらくらとしていた。

「だまれー!」
勢いだけの婆の言葉が暗闇に染みこんでいった。
「この因業婆め。」
元は美しかったであろうおんなの顔は額に皺がより血管が浮き出した。
茶色くギザギザの歯を剥き出して。
婆のかすれた悲鳴は冷気の中に溶けていった。
おんなは鬼の形相となり、婆の喉元に喰らいついた。

「これでこの村のもんは・・だーれもいなくなった。だーれもね。」

 目の前の惨劇に心臓が凍りつき、しかし脈拍はたかまり目が回った。
意識が失われるまでの間のことはおぼろげながら覚えている。
「あんたのお姉ちゃんと、ここで三人でくらそ。」
「もう誰もこの村にはいないからね。安心してくらそ。三人で仲良くね。
あんたのお姉ちゃんの七つのお祝いだからね。」

”でも、このこはこの村の男たちの血が混じっているんでしょ。汚いよ。”
「汚いって、あなたの妹なのよ。」

”でもわたしとちがって、このこへんな顔してるし、妹のくせに私より大きいなんて
・・やっぱりへんよ。”

「それじゃこの子は食べちゃおうか」
”それもいいけど、このこ不味そうだよ。この村の臭いがするもの”

そんなやり取りが耳に残っている。
誰がなにを話したのか_。
全くわからない_。
一酸化炭素中毒なのか_。
気が遠くなって_。
気絶したらしい_。








気がつくと、ソリに載せられ雪道を降りてくるところだった。
消防団のひとに運ばれ救急車に乗せられた。
いったいなにが起こったのか、わからなかったが
消防団のおじさんが私が「生きていること」を喜んでくれた。
「すぐ裏の山で雪崩が起きてね。
村は全滅ですよ。助かったのは・・お嬢ちゃんだけだよ。」
突然そういわれてもなにがなんだかわからなかった。
記憶の断片が、バラバラで、なにをどう理解してよいのかまったくわからなかった。

 実は未だにその状態は続いている。
その後、見知らぬ父と母が現れ、「本当の両親と思いなさい。」とか云われて。
見知らぬ街で暮らし、でも御世話になって晴れて今年、成人になった。
こんな話したこともないし、することもないだろう。
だけど、いまでも夢の中で影だけ見える・・

お姉ちゃん_。

7歳のままのおかっぱ頭のお姉ちゃんは云う。

”あんたは汚れた血のおんななんだよ。”と。

”あんたは所詮、鬼女の娘なんだよ”と。

”いまに本性を現すさ。周りのものをみんな不幸にするだろうさ”と。

”鬼の娘は所詮、鬼なのさ”と。





 






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