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意外にも長くなってしまった「跡地ハードボイルド」用の拙作完了後、忙しさにかまけて
ボーっとしているところに、フレンドボーイ42同志がまたまた難しいお題を・・
しかしまぁ、なんか書いてみようか、と。
これさ。なにも考えずにって限度あるよね。
ホントにスジもなにも考えずに書くといやぁヘンテコなものになってしまいました、とさ。
月例企画201212のお題「極めた人」ってなことで・・

「ランナー」


決して今回のサウンドトラックではないのですが
リッチーだ、コ〜ジーだ、ボネットだぁっ!
https://www.youtube.com/watch?v=NYVqpauiq8E













それでも私は子どもの頃は足が遅いほうだった。
早い者勝ちのパン喰い競走ではいつも遅くてパンがなかった。
それでも別に私は悔しいとも思わなかった。
初めて一等賞を獲ったのは中学生の頃だっただろうか。
身体の成長に差が出来る年頃だった。
偶々100m走で12秒台で走れたのだ。
すると有無を言わさずに陸上部に入れられた。
しかしそれほど記録が伸びることは無かった。
そのころはまだ欲が無かったから。
記録が伸びない陸上選手は競技の種目が変えられるのが常だった。
投擲種目への変更を云われたが、結局は長距離種目への変更になった。
走る距離が長くなるだけで、大差ないだろう。
そういう輩もいるが、実は全然別物だ。
そこで私は青春期に長距離ランナーとなり、大学では箱根駅伝にも出場した。
その頃から私はスピードに対する欲が出てきた。




早く走りたい。
とにかく早く走りたい。
誰よりも早く走りたい。

しかしこの国では陸上競技で飯を食うことはなかなか難しい。
理解ある会社に就職をし、仕事後に陸上部で日々走ることになった。
私は徐々に走る距離を伸ばし、スピードをあげていった。
マラソンにコンバートしたのだ。
記録はオリンピック出場レベルにまで達した。
だがオリンピックというのは四年に一度しか開かれない。
しかも政治状況によっては出場できない場合もある。
しかしそれ以前に、選手としてのピークが会わなかった場合。
つまり多くのアスリートたちが、この大会の間の空白期間に悩まされる。
あるものは自らの体力の衰えを悔やみ、
あるものは自らの出生の時期について親を恨みさえしたものだ。
かくいう私は偶々オリンピックのゲームには恵まれることは無かった。
陸上選手としての肉体的な衰えが我が身に起こった。
しかしへこたれなかった。
私は自転車競技にコンバートした。
生活の為に競輪選手になった。

早く走りたい。
とにかく走りたい。
誰よりも早く走りたい。


しかし何かが違う。
私は更にスピードを求めていた。
自転車がオートバイになりやがて車になった。
F1ドライバーとなった私は数々の大会で優勝を飾り
人々にもてはやされたが、なにかが違う。
更なるスピードを求めたのだ。



テストカードライバーとして人知れぬ砂漠の真ん中で
ジェットエンジンを二機積んだスラストSSCに乗り込み
エンジンをふかす。
ふかすとはいえこのクラスになると戦闘機用のエンジンが二機だ。
私の後ろで爆音がする。



車体・・いや機体といったほうがいい。
仮に羽が付いていれば簡単に大空に舞い上がる。
爆音に機体が揺れている。そして合図と共にアクセルを一気に踏み込む。
最初の2キロが肝心だ。
スピードが順調に増し、Gがかかる。
すでに呼吸は出来ない。
しかし意識ははっきりしている。
更にアクセルを踏み続ける。
広大な砂漠の中を走りぬけ、砂の山が波の如く見える。
一点を見ている。
ただ前を見ている。
耳がキーんと鳴り、いっきに鼓膜を押さえつけられたように頭痛がする。
鼻を抜く。
吹き出る汗。
更にGがかかり、自分の歯の根っこが押しつぶされるような気分になる。
胸を押しつぶされるような感覚がして。
だが負けるわけにはいかない。



速く走りたい。
とにかく走りたい。
誰より速く走りたい。
大声でワケのわからない大声を発し自らを鼓舞する。

その瞬間バリバリと大きな炸裂音がしてソニックブームに包まれた。
とうとう音速の壁を越えたのだ!
時速1200キロをマークした。
私はいまや誰よりも速い男となった。
だが、それは英語の表現だ。
私はいまや誰より速い男“のひとり”に過ぎない。

速く走りたい。
とにかく走りたい。
ただひたすらにストイックに。
孤独といわれようと。
誰より速く走りたい。

その思いは人に負けたことは無い。
だが今日の機体から降りたときの疲労感はいったいなんだ。
がっくりと疲れ、目の前が真っ白になり、脳は眠りこけてしまった。



そんなとき目蓋を閉じると。
音速の壁を越えソニックブームに包まれた瞬間に私の目の前に現れた
“存在”を思い出した。
最初は極限状態で見た幻覚かなにかだと思っていたが
何度か音速を超えるたびにきまって現れるので、それは実在するものなのだ。
ということに思い至った。
それを人により神と呼ぶのか悪魔と呼ぶのかはわからないが。
実際にそれは“存在”するのだ。
その“存在”はある夜、私の夢枕に立ったのだ。
そして私に望みを訊くのだ。
私は臆することも躊躇することも無く、純粋にこう答えた。

速く走りたい。
とにかく走りたい。
ただひたすらにストイックに。
孤独といわれようと。
誰より速く走りたい、と。


“存在”は微笑んだ。
そして私は舞台を空に移した。
マッハの世界を堪能しながら、しかし飽くまで「より速い」スピードを目指した。

公海上で行なわれた新しい超音速ジェット機のテスト飛行にパイロットとして参加した
私はいつになく気分が高揚していたが、終わってみると気分は最悪だった。
勿論、人類最高速のスピードはたたき出したのだが_。
なんて気分だ。



すると我が体内に乗り移った“存在”は答えた。
これ以上のスピードには私の身体は向かない、と。
歳をとりガタのきた身体等、私の求めるスピードにはついていくことが難しい。

いや、そうではなく。
人類の体験すべきスピードをもう越えてしまった、というのだ。
これ以上のスピードを体験するには人間の“体“など柔すぎる、と。

そして私は望んだのだ。



速く走りたい。
とにかく走りたい。
ただひたすらにストイックに。
孤独といわれようと。
誰より速く走りたい、と。


私は自分の意思で意識と身体を切り離した。

人生半分過ぎると失うものばかりだ。
失われたとき_。
失われた記憶_。
失われた身体_。
疲れを知る身体等必要ない。
そんなものはないほうがいい。



しかし私は意識体として今では光速すら凌駕するスピードで飛び続けている。
広大で無限と思われていた宇宙ですら、今の私のスピードでは狭すぎる。
もはや私は神すら及ばないスピードで飛び続けている。
御蔭で死神も追っては来れないようだ。
ただひたすらにストイックに。孤独といわれようと。
私は常にスピードに挑戦し続けている。
本当さ。
ただあまりに速すぎて誰も私に気がつかないだけだ。




 
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