暗黒掌編工場2013年04月のお題が「廃村」ということで。
 なぜかここのところアラビアンナイト風な砂漠の話を書いてますが今回もです・・orz
 ただ今回は純粋に原点回帰を心掛け・・というか最後にあの名前を出したかった、だけ、ですか。
 ラブクラフティアンとしてやはり砂漠と云えばあの方を出さずにはおれない!
 もっとも今回はちょいと残忍な感じになってますが。






Grieg-Peer Gynt-Solveig's Song





  月の欠け方から察するに最後のオアシスを離れて2週間が経つ。
 三日月の谷で賊に襲われてリーダーを失った我々のキャラバンは
 散り散りになり荒涼たる砂漠の砂の海に放り出された。
 追手を恐れ皆バラバラになって、方角もわからぬまま砂漠をさまよい歩いた。
 手に持てるだけの荷物をもって逃げたが、その大半はこの砂漠を抜けるのに
 必要のないものばかりで水筒と数個のレモン、そして食糧のサーディーンの塩漬け。
 次第にそれもなくなり、昨日は貴重なレモンを数個岩山で落としてしまった。
 残るはふたつのレモンだけ。
 灼熱の昼間にこの砂漠を歩くのは危険極まりない。
 昼間の間、岩陰で休む。陽が傾きかけると目を覚まし歩を進めた。
 月の見える方向と南十字星を眺めながら、間違いなく西に向かって歩いているはずだ。
 そう信じるしかない。人間右足と左足の長さは皆違う。
 その僅かの差で方向は大きく変わってゆく。
 しかしもうレモンも半分しかない。
 駱駝の白骨化した死体が砂に埋もれていたのを見て、あと数日のうちにはこうなるのだ
 と思うと炎天下の下にもかかわらず寒気がした。

  そして月が無くなった。満天の星たちがいつになく瞬いて見えた。
 とうとうレモンを。
 最後のひとかじりを飲み込んでしまった。
 こんな荒れ果てた砂漠のど真ん中で、あと数時間で陽が昇りそして
 駱駝の死体のように朽ち果てていくのだ。
 そう思うと自暴自棄になり、しかし。
 いや。湧き上がった感情は笑いだった。
 誰も聞いちゃいない。聞かれても構わない。
 追手?殺すなら殺すがいい!
 もうなんの望みすら残ってはいない。
 腹筋の下から沸々と湧き上がる笑いを堪えることもしなかった。
 笑いすぎて砂の上に腹を抱えて倒れた。
 すると満天の星空を走り抜けるように流れ星が見えた。
 その方向に、思わず走っていった。
 砂山を登り、登り、登って、崩れる砂の傾斜を転がり落ちた。
 そこで思わず立ち尽くした。

  廃れて風化した建物が忽然と現れたのだ。
 長らく人も住んでいないらしい。・・村だ。
 度重なる砂嵐のせいで入口の戸という戸はすべて、屋根という屋根のほとんどは
 既に吹き飛ばされているらしい。
 ひょっとして、と思い井戸を探した。


 
  巨大な石を切り出した円筒形の柱の数々が倒れていて寺院跡らしい
 石段の脇に焚火が灯っているのを発見し、警戒しながら近寄ってみた。
 ひょっとして追手が先回りしているかもしれない。と思ったのだ。
 だがそこにいたのは恰幅のいい髭もじゃの男だった。
 「その井戸は空井戸ですよ。もう水は出てこない。」
 私を見つけるとまず水を振る舞ってくれた。
 私はしゃにむに受け取った水筒の中身が空になるまで渇ききった喉に注ぎ込んだ。
 私のその姿を見て男は笑った。次に食料を分けてくれた。
 焚火で炙ったラム肉が喉を通るたび涙腺が緩んだ。
 男はどうも奥地から来た人のようで、言葉が完全にはわからなかった。
 だが同じ砂漠の民には違いないらしく細部はわからないものの大意は通じた。
 私は自分の境遇を伝えたかった。オアシスを出た直後に賊に襲われたこと。
 半月近く砂漠をさまよい歩いたこと。死が近いということを感じたこと。などなど。
 髭もじゃの男は穏やかな表情で話を聞いてくれた。
 六、七割ほどは通じたようで男は今度は酒を振る舞ってくれた。
 今度は男が話す番だ。
 男はここが古い古代の村であることを教えてくれた。
 駱駝を三頭ほど連れてこの村にやってきたのだ、という。
 確かに最近のものとは思えない古臭い装飾がここそこに取り入れられているのがわかる。
 男に云わせると遠く亜細亜の様式を取り入れたものだそうだ。
 恐らくアレクサンドリアの大学の教授かなにかではないか、と思えたので男の職業を尋ねた。
 古代の村の発掘調査をしに来たのだろう、と思ったのだ。
 だが言葉を選びながら、ゆっくりと、穏やかに答えた。

  「私は詩人です。」

  あぁなるほど、この古代の村にひとり身を置くことで詩作に耽るのか、と。
 男は自作の三行詩をいくつか披露してくれた。


 
 ” 人間は死んだら星になるのだと祖先たちは伝えてくれた。
そのときはなんと浪漫的な響きに聞こえたが今となっては、死者たちが天から見下ろして。
いつあちらの世界へ引きづりこもうとしているのか、虎視眈々と狙っているようにみえるではないか。”






  皮肉な唱だが、まさに先程までそういう境遇にあったため心に染み入った。

 「ここはいにしへの王者たちが眠る場所なのです。」 
 たどたどしくそういった。夜空を見上げて。

 「ごらんなさい、あの星空のひとつ。瞬くことのないボンヤリとした星。
 そこからいにしへの王者たちはやってこられたのです。」


  私は酒が回ったせいか、男の気宇壮大な説に思わず笑ってしまった。





 
  すると男はこちらをジッと見据えて、それまでの陽気な表情は冷たく狂気の孕んだものに
 変わっていた。


 「このうわっつらの石で出来た寺院は、いにしえの王者たちの偉大なる力を封印せんと
 思い上がった人間たちが作ったものにすぎない。それ以前にはあの星からやってこられた王者
 たちがここに都市を作って暮らしておられたのだ。
 ギザの墳墓の技術を作り、ルクソールの都市を作り、紅海の海を割った王者たちだ!
 人間が思い上がって王者たちを神々と共に封印してしまった場所なのだ。
 だが人間など自然の力と時間が経てばやがて滅び行くもの。
 だが彼らは時間と空間を超越し今まさにこの地下におられる!」


 「彼らこそが真の神であり、私がお仕えする宗主さまなのだ。」


  詩人の声が廃墟じゅうに響き渡り、反響した。


 「この廃墟の地下にある大いなるいにしえの王者たちの声に耳を傾けたまえ!
 風が語りかけるが如く。砂が擦れるが如く、微細なものであろう。
 だがそれは砂の波を動かし、砂嵐をもたらすほどの大きな力なのだ。
 あぁ聞こえないか、あの星の瞬きが地の底におられる王者たちに語りかけている声が!
 そうだ、王者たちは復活を望んでおられるのだ!
 そして再びこの大地の上に君臨し、この世のすべてを支配するために!」


 この詩人は狂っている。
 そう思い逃げ出そうとしたのだが体が動かない。


  「おまえさんは大凶星の流れ星を見てこの地にたどり着いたのだ。
   これは王者たちのお導き。
   この世に再び君臨するために王者たちは生贄を求めている。
   新鮮な人間の真っ赤な血液を・・・!」


  動かない体を動かそうと必死の形相で力を入れるが動かない。いや動けない。
 叫ぼうにも口の周りが恐ろしく怠く感じられた。


 「動けまい、あの酒にはサソリと砂漠の猛蛇の毒が混入されているのだよ。
 だがあの酒では死にはしない。そう今のおまえさんのように体が動かなくなるだけだ。
 意識ははっきりしてるだろ?」


  あぁアッラーの神よ!
 なんということだ!この異教徒は私に毒を盛ったのだ!


  詩人は大きな刀を取り出した。
 そして慣れた手つきで儀式の作法らしく刀を振り回した。
 異国の地の言葉のような不思議な言葉で呪文を唱えた。
 断片的にわかる言葉が混じっていた。


 「・・なる、いにしへの王者たちよ、ここに畏敬の念を持ち、そなたたちに慰みと感謝の意を
 持ってここに生贄をお捧げいたします・・」


「まずは一滴のちも無駄にしないようにはらわたを取り出し、その中にあなたさまの魂をお入れ
ください。このものの身体を十分にご堪能ください・・」


  身体の自由がきかないのに耳と目だけが感覚がはっきりとしている。
 祭壇の上に乗せられ、両手両足を固定されてしまった。
 狂ったように刃物を回しながら一種のダンスのように振る舞うと宙空に向って叫んだ。

「いにしえの王者たちよ、ただいまから生贄を捧げます。これから人間の生き血を捧げます。」


  そう叫ぶと、空井戸の底から地響きがするようなこの世のものとは思えない低い声がした。
 異教徒の呪文の言葉が宙を舞った。

  喉元に刃物を突き付けられ、詩人は低い恐ろしい声に応えるように言った。




 
  「我が名はアブドル・アルハザード。汝の僕(しもべ)也!」






inserted by FC2 system