20130306



どんぶらこ  






「跡地」の掌編企画第三弾にして最後の掌編企画ということで
三月のお題は「もも」というのをJINさまからいただきまして、
「もも」は「モモ」でも「腿」でもいい、ということで「もも」であります。
跡地で「もも」といえば之、真逆なものを想像するわけでありますが
跡地のフロントマンでありますオオサカタロウさんの作品がいちはやく登場した際
いやぁ考えるあたりが実に近い・・と思ってしまいまして。
やはり他の作家さんから刺激を受けますねぇ掌編というのは!
来月からは天白さんが管理人をされる「新地」もどんなことになるか楽しみです。

さて「跡地」掌編企画第三弾にして最終回。
どうも受けた刺激が強いのか、ここのところ妙に薄気味の悪い話を
書いてしまいます。しかも日本国民の誰もが知っているあの話の二次創作といっても
過言ではなく、拙作の中でも、もっとも気味悪い部類になるのではないでしょうか。
グロテスクさとモラルの無さでR-18です。あしからず。

今回のサウンドトラックは余りに罪深くグロテスクな話なので
バランスをとっていただくためにバッハの清らかなミサ曲など。



 







J. S. Bach / Messe in h-moll BWV 232: 1. Kyrie eleison
Artists: TOMA Shuichi (cond.) / Symphonia Collegium OSAKA (orch.) / Collegium Musicum Chor,
OSAKA Sep 08 1990, "The 22nd Regular Concert of Ensemble Schutz" at The Symphony Hall

どんぶらこ、どんぶらこ
どんぶらこ、どんぶらこ
どんぶらこ、どんぶらこ
どんぶらこ、どんぶらこ

 むかしむかし あるところにおじいさんとおばあさんがおりました。
ふたりはなかよく山のふもとのむらで仲良くくらしていましたが
ざんねんなことに子宝にはめぐまれていませんでした。
ふたりはとてもはたらきものでした。
ある桃の花が咲きはじめた春の日にいつもとおなじように
おじいさんは山へ柴刈りに、おばあさんは川へ洗濯に出かけました。
おばあさんが洗濯をしていると、川の上流からおおきな嬰児籠(えじこ)が
流れてくるではありませんか。

どんぶらこ、どんぶらこ
どんぶらこ、どんぶらこ
どんぶらこ、どんぶらこ
どんぶらこ、どんぶらこ

嬰児籠にはもちろん赤子が乗せられていて、おばあさんは泣き叫ぶ赤子の声を聞いて
その嬰児籠をひろいあげました。その中には玉のような男の子が乗っており
あざやかな桃色のべべが着せられておりました。
かわいそうに、おなかがすいているのか、とてもおおきなこえで泣いていたので
おばあさんは赤ん坊を家に連れ帰りました。
山からかえったおじいさんは、確かにこの川の上流には誰も住んでおらぬし、
このような色鮮やかな着物をこさえるとこなればたいしたお金持ちかなにかだろう、と
思いましたが、そんな高貴な方がこんな山奥にまで来るわけがない。
おばあさんが赤ん坊をあやすときにみせる幸せそうな笑顔をみたおじいさんはいいました。

このこは、きっと神さまがわしらにおさづけになった子なんだろう。
わしらが大事に育てなければ、な。

と。
おばあさんはたいへん喜び、この男の子は桃太郎と名付けられました。

 桃太郎はおじいさんとおばあさんに大事に育てられすくすくと成長しました。
おじいさんとおばあさんの長い経験から培われた知恵を備え、体は頑強で俊敏さを
備えていました。熊と相撲を取ったり、狼と追いかけっこをしている間に動物たちと
はなしができるようになりました。
 ある日、山に柴刈りにいったおじいさんは山奥に住む野武士に追われ怪我をしました。
おじいさんは野武士と鬼ヶ島に住む鬼が手をむすび、やがて村に攻めてくることを
聞いてしまったのです。
 桃太郎は決意しました。
悪い奴らを全部退治してやる、と。
おばあさんに、きび団子を作ってもらうと、
それをもって山奥を、そして鬼ヶ島を目指しました。


とさ。










  そんな話を毎晩聞かされて育てば、男児たるもの、黙っていても鬼退治の旅に出るわな。
 きび団子を腰に下げて家を出て十数年。
 村を襲う野武士共をひとり残らず叩き斬り、獣たちの助けを借りてはいるが、 
 鬼ヶ島の鬼どもを完膚なきまでに切り刻んでやった。
 鬼の子供を捕らえた鬼の総大将の目の前で指を一本づつ切り落としてやったら
 ははは、鬼の目にも涙は流れるんだな。笑えたよ。腹の底から笑えたよ。
 そしたら今度は子鬼がびぃびぃ泣きやがって。
 指を全部切り落としてやったから次は肘だ。
 その次は肩だ。
 鬼のくせに赤い血を流し腐りやがって。
 その子鬼の血を親の総大将の顔に塗りたくってやったぜ。
 赤鬼の顔に血を塗ってもさ、ははは、赤鬼には変わらんわな。
 そしたらひとの親のようなことを抜かしたんだぞ。笑ったな。

 「殺生でございます・・ひとおもいに・・」だと。

 鬼がよ。「ひとおもいに・・」だと。


  目の前で四肢を切り離された子鬼が猿や犬や雉に犯されて食い殺されてゆくざまをよ!
 よーく見るがいい!
 よく見えるように、瞼を切り取ってやった。
 ざまあみやがれっ!ってんだ!
 そしたら今度はよ、鬼の野郎、恨み節を並べやがって。
 「貴様だけは絶対に許さん、地獄の底に落ちても貴様を呪ってやる!」
 とかぬかしやがるんで、まったくお笑いだぜ。

  自分が鬼だと解ってモノ言ってんのかヨ!
 鬼の総大将殿の口に子鬼の切り取った首を突っ込んでよ。
 万力で歯を丁寧にいっぽんいっぽん抜いてやった。
 いいか、お前は鬼なんだよ。絶対的な悪なんだ。悪い奴ぁ地獄に落ちるのがこの世の常だぃ。
 こんな子鬼ですら、お前のような醜く臭い鬼ですら、皆同じだ。
 そういう鬼の分際でよ、鬼退治に来たこのおいら様に恨み言を並べるとは冗談にしても
 性質が悪い。お前のような奴が地獄に落ちたら閻魔様も大変だろう。

  だから徹底的に・・楽しませてもらうぜ!ってさぁ云ったらさ、泣きわめきやがった。
 まだまだこれからでぇ。
 生きたまま、あぁ簡単にお前だけは殺しはしない。
 生きたまま、煮え湯に浸からせてな。
 どうだ、風呂に入れるとは思わなかったろ!ってさ。
 
  そしたら助けてくれとか抜かすんで・・歯もないのによ。
 風呂に入るときは、極楽、極楽っていうもんだぜ!
 って風呂釜の下の火に油ぁ足してよ。いい具合に煮えたからさ。
 それから冷たい海水に放り込んでよ。
 したら鬼の野郎気絶しちまいやがった。
 だから起こしてさ。起こしてから目の前で、全身の皮をひんむいてやった。
 あぁこの腰巻が鬼の皮さあ。なかなか丈夫でいいもんだぜ。
 それから?あぁ鬼と云えば頭の角じゃないかぁ。
 ところがよおいらたちが一気に攻め込んだらびびっちまったのかな。
 鬼の野郎ども角をへこませちまったみたいだぜ。

  まぁ後片付けは・・・犬と雉と猿が喰っちまった。
 あいつら財宝には興味がないっていうから。まぁ鬼の肉でも良かったんだろうな。
 おいらもひとくちだけ喰ったけど筋張っててさ、美味くはないぜ。
 財宝ったってたいしたもんがあるわけじゃない。
 せいぜい鬼の金棒ぐらいじゃないか。
 帰りの道中は、道々で褒められどおしでな。
 誰もが道を開けるわ。酒は飲み放題だわ。女も抱き放題だわ。
 情け無用の桃太郎とはおいらのことだぜ、てなもんよ。 

  で帰りの旅で猿が去って、雉が去って、犬が去って。
 おいらひとりになった。嘗て斬り殺した野武士の棲んでた穴倉に辿りついた。
 野武士の穴倉を出て、もう少しで家に帰れる。
 もうすぐおじいさんとおばあさんに会えると思ってさ。
 そう思うと足が軽くなった。が、喉が渇いてな。
 で山中の沼に降りたときだった。
 おじいさんとおばあさんの家のそばを流れる川の源流だ。
 おじいさんが見えた。
 柴刈りに来たおじいさんにさ。
 で・・柴刈りに来たと思ったんだ。

  そしたら、おじいさんが嬰児籠を川に流したんだ。
 赤ん坊が乗った嬰児籠をさ。
 川に流したんだ。

  あのやさしいおじいさんが赤子の乗った嬰児籠を・・そんなことをしたら・・。
 なんてことをするんだ!
 おいらは気が動転してしまった。
 おいらが居ない間におじいさんはこどもを殺すようなことをしていたのだから・・。
 おいらは身を隠した。








おいらはひとあし先回りして家に近寄ると、おばあさんがおじいさんが流した赤子を
川から拾い上げていた。

 おいらはなにがなんだかわからなくなった。
おじいさんはなぜ赤子を川に流したのか・・・。
そしておばあさんは、赤子をひろって。
いつか聞いたような話じゃないか。
まるでおいらの出生の場面を覗き見ているような。
例えば、目の前で見たものが、その通りだったとして。
おいらというものはいったいなにもので
どこから来て、おじいさんとおばあさんに育てられ・・
いったいなんのためになにをしたのか。

どんぶらこ、どんぶらこ
どんぶらこ、どんぶらこ
どんぶらこ、どんぶらこ
どんぶらこ、どんぶらこ

 おいらは子供の頃危ないから行ってはいけないという川下に向かって歩いていた。
川の横の道を下ると、すぐに大きな滝があった。
深い滝だ。
もしおばあさんに拾われていなかったら。
そう思うとぞっとした。
いや・・たまたま・・ではなかったのか。

 おいらは沼から流れ出る川でおじいさんに流されたんじゃないのか?
それをおばあさんが拾ったんじゃないのか?
それじゃおいらはいったいなにものなのか。
おいらはなにか思いもしなかったような寒気を感じた。
そんなことを考えていたので家になかなか帰ることができずにいた。
夕暮れになっておじいさんが山から帰ってくるのを見計らって
家の外で待ち伏せた。

 そしておじいさんをつかまえた。
おじいさんは成長したおいらの姿を見て驚いた。
あぁ清廉潔白だったあの頃とは違う。
酒も飲むし女も抱く。
其れだけじゃない。野武士も殺したし鬼も皆殺しにした男だ。
おいらはおじいさんに問うた。
おじいさんはいったいなにをしていたのか_。
と。

 おじいさんは昔と変わらぬ笑顔を浮かべてなんどか頷いた。
そしておいらの顔を見ると、どうしても知りたいのか、と聞くので。
あぁ。と答えた。
するとおじいさんは臆するでもなく淡々と語り始めた。

おまえさんも知ってのとおり、わしら夫婦は子宝に恵まれなかった。
夫婦共々仲はよかったが、どうしてもこればかりは。
そのうちおばあさんの女がおわってしまったぁ。
このあと子どものいない寂しさというのは日に日に募っていった。
そうするうちに桃太郎の童話をふたりで話し合うようになった。
そうしている間は、おばあさんはとても幸せそうだったから。
だから。
桃太郎の話を演じることにしたのさ。
さいしょはもちろん。
わしが山に柴刈りに、おばあさんは川に洗濯に行ったんだ。
それだけでよかったんだ。
それだけでよかったんだがな。

そのさきを演じてみたくなったんだ。

そのためにはこどもが必要だ。
元気なおとこのこがな。
わしは街にこどもをさらいに行った。

どんぶらこ、どんぶらこ
どんぶらこ、どんぶらこ
どんぶらこ、どんぶらこ
どんぶらこ、どんぶらこ

そして山中の沼から流れ出るこの川に流した。

どんぶらこ、どんぶらこ
どんぶらこ、どんぶらこ
どんぶらこ、どんぶらこ
どんぶらこ、どんぶらこ

 おいらはなんとも知れない恐怖をこのおじいさんから感じた。
おいらはどこからか、このおじいさんにさらわれた、というのか。
いつもにこにことして穏やかな表情を絶やさないこのおじいさんが。
親ではないにしろ、親代わりと信じて疑わなかった、このおじいさんを。
そして・・おばあさんを。

どんぶらこ、どんぶらこ
どんぶらこ、どんぶらこ
どんぶらこ、どんぶらこ
どんぶらこ、どんぶらこ

赤子は川を流れておばあさんがそれを見つけて
家に連れて帰る。その子を”桃太郎”として育てる・・。

・・おばあさんが赤ん坊を見つけられなかったら・・

この先の滝壺は深いからね。いちど落ちたら浮かび上がってこれないだろうな。

・・ひょっとしておいらだけじゃないのか?

こたえにくいが、何人かは滝壺に落ちたよ。
わしとおばあさんの間合いが悪くてね。

・・その子たちは・・

どんぶらこ、どんぶらこ
どんぶらこ、どんぶらこ
どんぶらこ、どんぶらこ
どんぶらこ、どんぶらこ

・・そして今日また赤ん坊を流してたね。

あぁ”桃太郎”は鬼退治に出かけるだろ。
するとおじいさんとおばあさんの役はなにもすることがないじゃないか。
だからまた最初に戻って演じるのさ。

どんぶらこ、どんぶらこ
どんぶらこ、どんぶらこ
どんぶらこ、どんぶらこ
どんぶらこ、どんぶらこ

・・おばあさんは桃太郎の話を良くしてくれた。

ああ、あのひとはもう既に物語の中の人だからね。
他の話はしないのさ。

どんぶらこ、どんぶらこ
どんぶらこ、どんぶらこ
どんぶらこ、どんぶらこ
どんぶらこ、どんぶらこ

・・おいらはおばあさんの話のとおり、野武士を退治してきたぜ。

あの野武士は、おまえの前の”桃太郎”たちさ。
戻ってきてわしを脅したから、おまえさんに退治してもらった。

どんぶらこ、どんぶらこ
どんぶらこ、どんぶらこ
どんぶらこ、どんぶらこ
どんぶらこ、どんぶらこ

・・おいらは話のとおり、鬼ヶ島で鬼を皆殺しにしてきたんだぞ。

角なんか生えてなかっただろ。
おまえさんが襲ったのは島の漁村のひとびとだ。
おまえさんの非道のうわさは伝え聞いているよ。
おまえさんの首には懸賞金が懸かっているよ。
たいした・・おたずねものさぁね。
鬼だって?
鬼はとうのむかしに本物の桃太郎が退治してくれたよ。

どんぶらこ、どんぶらこ
どんぶらこ、どんぶらこ
どんぶらこ、どんぶらこ
どんぶらこ、どんぶらこ

 なんともしれない気持ち悪さと、こらえられない怒りが湧き上がった。
このにこやかに淡々と語るおじいさんこそが退治すべき鬼畜ではないのか。
熱い血潮が全身に走り、正義の義憤が燃え盛った。
いや。
正義だと?なんの罪のない漁民たちを血祭りにあげてしまったこの俺が。
世の中が二重に見えてめまいがした。
立ち眩みを起こしそうなほど目の前の世界が歪んで見えた。

どんぶらこ、どんぶらこ
どんぶらこ、どんぶらこ
どんぶらこ、どんぶらこ
どんぶらこ、どんぶらこ

わしを殺すなら、殺してくれてかまわない。
だが、あのひとをひとりだけにしておくのは忍びない。

どんぶらこ、どんぶらこ
どんぶらこ、どんぶらこ
どんぶらこ、どんぶらこ
どんぶらこ、どんぶらこ

白痴 な目をしたおばあさんが嬉々として、家の中で”桃太郎”の世話をしていた。

わしらを殺すなんておまえさんにしてみれば雑作ないことだろ。
さんざんひとを殺してきたのだから。
それに、おまえさんのあとの”桃太郎”はおまえさんを付け狙っているぞ。
さぁ、どうした。
ここにいるわしら夫婦とあの赤子をひとおもいに殺しておくれよ。
それで終わるんだよ。
さぁ、どうした。

どんぶらこ、どんぶらこ
どんぶらこ、どんぶらこ
どんぶらこ、どんぶらこ
・・・・・、・・・・

おいらは腰刀を抜いた。




 






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