20130404



いざ行かん 




 




 2013年4月から始まった「新地」さんのお題が「出発」ということでして 
 賑々しく、華やかに参りたいと思います。とかいいつつ、腹の中では別なことを 
考えていた不肖・平岩。日本人なら誰もが知るあの話を冒涜し、
なんとも底知れぬ不快感と余りに美しすぎるサゲを
書き記してしまった拙作「どんぶらこ」の前日譚がこの文章でございます。
思い切り「爽快」な怪異譚を書こうという筆者の悪意が・・
いけませんねぇ・・悪い奴です、不肖・平岩。



関連リンク









Joaquin Rodrigo - Concierto de Aranjuez: 2. Adagio (Anders Miolin, 13-string guitar)



太刀を打つ。
真っ赤に焼けた太刀を打つ。
焼けた鋼を打つ。打つ。打つ。
キン。コン。カン。
キン。コン。カン。
キン。コン。カン。

野武士との闘いにこぼれた刃を鍛えなおすため。
真っ赤に焼けた鋼を打つ。打つ。打つ。
キン。コン。カン。
キン。コン。カン。
キン。コン。カン。

野武士から奪い取った大太刀を鍛えなおすため。
真っ赤に焼けた鋼を打つ。打つ。打つ。
キン。コン。カン。
キン。コン。カン。
キン。コン。カン。



  野武士との闘いは熾烈を極めた。
 山の上の岩屋に陣取った野武士たちはこのあたりの村を襲っていた。
 田畑を荒らし、おんな子どもをかどわかし、刃向う男たちを殺してきた。
 何年、何年、何年にもわたって。
 悪事を重ね続けてきた猪の毛皮を着た大柄な男たちは、岩屋の奥に
 猟につかうための犬たちを牢に入れて飼っていた。
 酒に酔った男たちの寝入った隙に、犬の牢を開けた。
 碌に餌をくれてやっていなかったようで、犬たちは野武士たちに一斉に襲い掛かった。
 慌てふためく男たちは焚火の火をひっくり返してしまい、岩屋の中は煙に包まれた。
 煙に巻かれて表に出てきたところを、斬った。斬った。斬った。
 最後に出てきた雲をつくような大男は手強かった。
 既に刃こぼれをした我が太刀では戦えない。
 しかし身の丈、腕の長さとも勝り、さらに大太刀を振るうこの大男に敵う手段などない。
 我が腰刀を抜くと、大男に立ち向かった。
 一瞬の隙が勝機となり、または致命傷を負う機会となる。
 互いに刃を向け合い、相手の動きを牽制しながら。
 緊張の糸がぴんと張りつめた時間が過ぎた。

  それを打ち破ったのは犬の遠吠えだった。
 次の瞬間、大男の背後から犬の群れが襲い掛かり、
 大男は地に伏せた。執拗な犬たちの猛攻に転げた。
 大太刀を振りかざし犬たちを切り刻みながら、しかし犬たちは攻撃の手を緩めなかった。
 「助けてくれ!」大男は引き攣った声をあげた。
 そこに現れたのは犬の真似をした全裸の少年だった。
 犬のように走り、犬のように吠え、そして大男の体の上に圧し掛かった。
 そして大男の喉笛に喰らいついた。
 少年は犬たちと一緒に大男を喰い散らした。
 おい、と声を掛けたが少年は見向きもしなかった。
 近寄ると犬たちは瞬く間に取り囲みうーっうーっと唸り声をあげて威嚇してきた。
 少年の目に人の心が見て取れなかった。
 恐らくは幼いうちにさらわれて、犬と同じ牢で育ったのだろう_。
 腰刀を置き、きび団子をほおると少年は飛びついた。
 それから少年は、ついてくるようになった。
 だがいつまでたっても立って歩こうとはしてくれないし、言葉を覚えてもくれない。
 犬のまま。唸り吠えるばかり。
 

 まぁいい。旅は道連れ。犬でも連れた方が気が楽になる。








  梟峠を超えたあたりで野武士の残党がいるらしい話を聞きつけ
 潜み棲むといわれる深い森に分け入った。そこで野武士の死骸を見つけた。
 死骸のそばにいた巨大な大猿のような襤褸を纏った黒い男が立っていた。
 犬少年は吠えまくったが、黙らせた。

  黒い男は怯えた様子でなにか訴えかけていたが異国の言葉らしく
 訳も分からなかった。
 だが断片的に覚えたのであろう言葉の端々から察するに
 「この男がいきなり斬りかかってきた」ということであろうか。
 それにしても素手で野武士を殺したというのであれば、たいした力だ。
 ひもじそうな顔をしていたので、きび団子を投げて渡すと喜んで喰った。

  それから黒い男は、ついてくるようになった。
 黒い男は日に日に言葉を覚えた。
 だがまだなんだかわからないことをいうが。
 「大きな帆を張った船で航海していたが嵐に巻き込まれこの国に流れ着いた。
 ひとびとは黒い自分を恐れ嫌った・・だから森にいるのだ。」と。
 しかし生まれついてなのか黒い肌をした人間というのは奇妙奇天烈。
 鬼の仲間ではないのかと犬少年は感じているようだった。
 
  まぁいい。旅は道連れ。大猿でも連れた方が気が楽になる。








  雪深い山々を超えて烏山の頂きの鴉洞に身を寄せたときのことだ。
 そこにいた鴉天狗が勝負を挑んできた。
 剣術に長じた鴉天狗が相手ならば腕が鳴る。
 だが使い古した剣しか持っていなかったため
 「道具の手入れも出来ない小僧どもと勝負などできるか!」と鴉天狗は怒り出した。
  
  仕方なしに・・という素振りで道具の手入れを指南してくれた。
 「鋼を打ち直さねば使い物になりはせぬ。」
 鴉天狗は炉に火を入れた。
 犬少年は鞴を押した。
 黒い大猿は鎚を手に取った。

  太刀を打つ。
 真っ赤に焼けた太刀を打つ。
 焼けた鋼を打つ。打つ。打つ。
 
 キン。コン。カン。
 キン。コン。カン。
 キン。コン。カン。

  山に鋼を叩く音が響いた。
 鍛造が終わると鴉天狗が試しに振ってみる。
 なにが気に喰わないのか、再び熱を加え叩き始める。
 
焼けた鋼を打つ。打つ。打つ。

 キン。コン。カン。
 キン。コン。カン。
 キン。コン。カン。

  鴉天狗は今度は気に入ったのか、磨ぎ石を用意させ刃を研ぐ。
 シュッ、シュッ、シュッ。
 シュッ、シュッ、シュッ。
 シュッ、シュッ、シュッ。

 「磨ぎ方が足りない!」
 「この刀に魂を込めるのだ!」
 「如何なる禍ツ神も、妖魔も断ち斬れる唯一無二の真剣となれ!」
 
 シュッ、シュッ、シュッ。
 シュッ、シュッ、シュッ。
 シュッ、シュッ、シュッ。

 やがて深かった雪は徐々に消えていった。
 そのころになってようやく刀の手入れが終わった。
 実際には新たに鍛造するよりは、より手間暇かけ我らの精魂を込めた結果、
 この世ならざる妖刀となった。

 「これで斬れぬものはないわ!」
 鴉天狗は嘴を舐めた。
 なら、いざ勝負!と、けしかけたが、鴉天狗は苦笑した。
 「こんな恐ろしい太刀を相手に誰が勝負などするものか!」と。
 「これほど怒りが籠められ血を欲する太刀を見たことがないわ!」
 興奮収まらぬ鴉天狗は目を真っ赤に充血させて宙を舞って喜んだ。
 些少ではあるが、きび団子を御礼として渡すと喜んだ。
 これからどこにいくのか、と尋ねられたので行く先を答えた。
 「ならば」と、鴉天狗がついてくることになった。
 だが「事が大事なれば其れなりの恰好が必要」と随分と派手な山伏装束を着こんだ。
 それじゃ鴉どころか雉じゃないか!
 まぁいい。旅は道連れ。雉でも連れた方が気が楽になる。



  山を降り谷を下ると郷に出た。
 桃の花が咲き乱れている。
 珍しく青い空が見える。
 白い波が寄せる青い海が見える。
 明るい陽の光が彼方の島まで照らし、ここからでも見渡すことができた。
 さぁ、あの島に渡るのだ。行って正義の鉄槌を下すのだ!
 我らの前に如何なる障害が横たわろうと。
 我らは絶対にへこたれない。
 我ら力を合わせて、必ずや輝かしい勝利をこの手に収めん!


 いざ行かん、鬼ヶ島へ!

 いざ行かん、鬼退治へ!


 我らは舟を漕ぎだした。







 


 いただいたご感想等
2013-04-04 22:18:17
天白 りょう
跡地の「もも」とのコラボ?
この話も どれくらいのバリエーションで語れるか 試してもらおうかな
新地の今後のキーワードは 全部 モモシリーズにしていただくとか ね
これって 続きものですよね?

2013-04-04 22:31:32
平岩隆
え?清々しい青春小説の金字塔ヨコミチヨノスケを超える青春文学として書いたつもりですがw
今のところ漠然としてますが、二月ぐらいからの文章が入り組んでいて
夏の「跡地5」あたりで浮かび上がるみたいなことになれば嬉しいですな。
>これって 続きものですよね?
云わば「エイリアン」 と「プロメテウス」みたいなもんですかね〜(^^♪

2013-04-05 10:58:56
月潟みなと
最初の犬少年が出てきたあたりで
昔話の桃太郎と照らしわせながら読み進めて、
猿と雉でどうなさるのかなと楽しみにしていたので、
読んだ時に思わずこうくるのか!と、楽しい驚きを頂きました。

続くのかな!続くといいなと勝手な期待を抱いておりますw
2013-04-05 16:34:52
犬少年がやけに気になってます。
桃太郎のきびだんご、かなり日持ちしてますね。
2013-04-05 21:16:25
平岩隆
月潟みなとさま!ありがとうございます。
ここ数カ月「跡地」で掌編企画をやってまして、今月から「新地」なんですけどw
他の作家様から受ける刺激が強くてここ数カ月、筆の運びがとてもいいんでありますw
2月ぐらいからの掌編は(この文章もそうですけど)この夏の「跡地」の節電ホラーアンソロジー企画の
文章の”まくら”になる気が非常にしています。
数編の掌編で作られていく世界観というのができればいいな〜♪とか思ってます。
続くのかな!続くと・・・につきましては寧ろ続きが先にあった・・というのが
正解のようでございまして・・orz あんまりひどい内容なんでお勧めは出来ませぬ・・・orz
が、よろしければ拙作「どんぶらこ」を・・な、あからさまな宣伝でしたw

2013-04-05 21:20:25
平岩隆
粟生さま
ここに出てきた個別のキャラについては、どうなんでしょうな。
世界観を膨らませるために書いてみたい気もしますが。
へへへ別な文章にも追われてまして(誰も追いかけてはいないけどw)
きびだんごはずーっと寒いところを通ってきたのでフリーズドライですw
おばあさんが一服盛ったかもしれませんw

2013-04-06 00:44:51
オオサカタロウ
『正義』という言葉で曇った桃太郎の目と、ロドリーゴが盲目であるという点が
オーバーラップしました。とってももやもやします、いい意味で(笑)
二回目は、『移民の歌』を爆音で聴きながら読みました。
三回目は、クラッシュの『Charlie don't surf』をサントラにしてみます。
2013-04-06 05:52:13
平岩隆
オオサカタロウさま
うーむむむ。海賊たちが攻めてくるぞ!
な二回目のチョイスは”!”ですが、この歌を聞くといっしょにシャウトしてしまうので
うるさいです
・・orz
2013-04-06 11:02:17
椿 まこ
「どんぶらこ」とリンクしているみたいで興味深いです
歌舞伎などで 長い物語を演じる一方 その一部を「発端」とか
「見初めの場」などと凝縮して 違う視点から描く手法がありますが
そういうものを感じました
リフレインがリズミカルで印象的 硬質で冴えた刀のイメージで
出会いが進んでいくにつれ 作業の描写もちょっとずつ変わっていくところが
繰り返しながら深まる感じで 面白いです

2013-04-06 20:46:24 自分のコメントを削除する
平岩隆
椿 まこさま!ありがとうございます。
まだまだ構想と妄想の中でしかないのですが
ネットという環境の中で長大なものを書いていくというよりは
いくつかのファクターを短い提示していき世界観を構成してゆく
みたいな感じになる方が読みやすいし、書きやすいwかな、とか思ってます♪
いやこれも実験的な試みのひとつでありまして_orz

2013-04-06 23:50:58
空沌
どんぶらこも読ませて頂きました。
キン。コン。カン。
キン。コン。カン。
なるほどエイリアンとプロメテウスな繋がり方ですか!
シュッ、シュッ、シュ。
シュッ、シュッ、シュ。
きび団子の威力がまた・・・w
昔話世界のフォアグラみたいなものですねぇ。

2013-04-07 00:26:
まさよし
桃太郎をベースにした刀を鍛える話でしたが、
鋼は一度焼き付くと再生不可能なのを知っていたので、
残念でした。
付け焼き刃とかいいますけど、一度鍛えた鋼を鍛え直しても、
強度は戻らないのです。
材料業界ではくず鉄ってよんだりしてますね。
天狗がなんらかの魔法のようなことをしたのかなと勝手に想像していました。

2013-04-07 00:34:48
みかづき
こんばんわ
皆さんみたいに、難しいコメントできなくて
ごめんなさい。
平岩さんの不思議な世界に
入り込みました。
勢いに溢れた作品ですね(^^)

2013-04-07 07:17:29
平岩隆
ワォ!いっぱいコメントいただいてありがとうございます!
空屯さま!
実はわたくし、きび団子というものを食べたことがございません_orz
聴くところによるとそんなに美味いもんじゃないとも聞くんですが
一度は食してみたいものであります。
このあたりにも実は今後仕掛けが仕込めるのかなwとか思っちゃっています。
>昔話世界のフォアグラ(!)
もうね、最高ですよ!これは彦摩呂センセでも出ないコメントでございます!

2013-04-07 07:21:56
平岩隆
まさよしさま ありがとうございます。
ぬぁーるほど!
しかし戴いたご指摘から・・ぃゃ・・新たなるヒントが生まれてしまいましたw
それと昨日来妄想しておりました「火盗改方 対 生屍」な時代物はちょいと見直しw

2013-04-07 07:35:24
平岩隆
みかづきさま!いらっしゃいませ!
>不思議な世界に入り込みました。
そう。このページをご覧になった瞬間から、目や耳や心だけではなく、想像に絶した
素晴らしい別世界への旅・・・あなたは今 ミステリーゾーンに入ろうとしているのですw
(元ネタ知ってる方はかなりマニア)
ホラーというよりは「怪奇」な感じを狙っているのですが・・
いまのところチョット違う方向に振れてますがw今後ともよろしくお願いいたします!

2013-04-08 00:42:20
キテレツ
 まさかまさかの桃太郎。
 犬少年に黒い猿に鴉天狗の雉とは、平岩ワールド全開ですねー!
 しかし何故にアランフェス協奏曲。。。?

2013-04-08 15:41:26
平岩隆
キテレツ様!
鴉天狗はホントはえらく悩んだんですが・・。
何故にアランフェス協奏曲かといえば・・あの曲が好きだから・・としか言いようがない、デスw

2013-04-20 22:16:55
あいり
読んでいて 和太鼓 の音が聞こえてきそうな
そんなテンポですね。
戦いのお話みたいだけど、戦いの前の準備の
お話なんですね。

犬少年 って表現、なんかいい。

2013-04-21 10:28:40
平岩隆
あいりさま ありがとうございます。
ややこしいですがこのほかの数編の文章とこれから書く(であろう)数編の文章を
もって一つの世界観が出来上がっていければいいな、な展開を考えております。
今回のこの文章は、前回書いた文章のご感想からヒントを得たものでもありました
こともありまして、いろいろと変わっていくこともあるとは思いますが_まぁ、アレですw(なんだろねw)

2013-04-21 14:50:36

時代モノを見ているようで、だけど何だかファンタジック。
そして、モノクロな画が浮かびます。フルカラーよりそっちの方が断然似合いそう。

このお話の続きが「どんぶらこ」ならすがすがしくはないような…(^-^;)
単体がいいな。私は(笑)
その方がこちらにある種のすがすがしさを覚えます。

2013-04-21 18:53:31
平岩隆
桃さま!ありがとうございます!
「どんぶらこ」があんまりにアレ過ぎるので・・ご迷惑おかけしてます_orz
一種のブラックさを感じ取っていただけると、個人的には”!”ですが
別な指向性、もしくは筋道が出来てしまっても、それはそれで解釈は可能。
というあやふやさがあってもおもしろいかもしれませんですね。
これをまたヒントにさせていただいて、脳内妄想を広げていきたく存じます!

 
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