20130602
BEAUTIFUL DREAMER
 





 2013年6月の「新地」さんのお題が「待つ」ということでして 
 「待ちますか」そうですか「待っちゃいますか」。
待ち時間というものが大嫌いな人間ですので実は不得手な題材。
待ちぼうけを喰わされたあの夜のことがトラウマになっているのでありましょうかw
今回の文章の元ネタはを映画史上の最凶映画「エクソシスト」の
映画史上最悪のブス女リーガンの「なかのひと」目線で見た・・ような感じでありまして。
さて、どうなりますことやら。
かといって悪魔が出るわけじゃない。
そこは不肖・平岩。キリシタンではございませぬのでw



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 BEAUTIFUL DREAMER


  "ちぃちゃん、おいでよ。こっちにおいでよ、ちぃちゃん。"
  
  "ちぃちゃん、おいでよ。こっちにおいでよ、ちぃちゃん。"

  最初にこの声を聞いたのは、成人式の写真を撮ったときのことだ。
 父と母と駅前の写真館で。マグネシウムが焼けた瞬間、目の前が真っ白になって。
 真っ白な世界の中で。
 まるで無重力状態の重さのない世界で。
 真っ白な霧の中から、いいえ、霧の向こうから。
 ずっとずっと向こうから。
 私を呼ぶ声がする。

  "ちぃちゃん、おいでよ。こっちにおいでよ、ちぃちゃん。"
  
  "ちぃちゃん、おいでよ。こっちにおいでよ、ちぃちゃん。"

  気絶して倒れてしまったらしい。
 晴れ着の帯がきつすぎたかしら・・・。
 気がつくと母が心配して顔をのぞきこんでいるのが見えた。
 心配かけてはいけないと思い、ぎこちなく微笑んでみせる。
 父が手を伸ばして抱き上げてくれた。
 だいじょうぶかい?と声をかけてくれた。
 その日は写真の撮影は出来ず、そのまま車でレストランに外食に出かけた。
 海辺のシーフードレストランで、エビとオイスターのサラダをオーダーした。
 母はいよいよ千絵さんも大人の仲間入りね、と微笑んだが
  父は先程のこともあり、体調のことを気にしてくれた。
 いちどちゃんとした病院で精密検査を受けてみたらどうだろう、と。
 すると母はそんな大袈裟な、と呆れ顔をしたのが面白くてくすくすと笑ってしまった。
 だがもうすぐ彼氏が出来てお嫁さんになるんだから、と父は話を進めると
 まだ先の話よ、と母はまるで夫婦漫才のように切り返したのでまた笑ってしまった。
 そんな幸せな日々。

  海辺の白い家が私の家。

  燦々と輝く太陽と潮風が心地よい。
 私は部屋で宿題のレポートを書いていた時だった。
 陽の光が波間に照らされ、その照り返しに目を奪われたときだった。
 私は再びあの白い世界に迷い込んだ。

  
  "ちぃちゃん、おいでよ。こっちにおいでよ、ちぃちゃん。"

  "ちぃちゃん、おいでよ。こっちにおいでよ、ちぃちゃん。"


  霧に包まれた真っ白な世界。霧の向こうから私を呼ぶ声がする。
 気がつくと私は机の上に伏せっていた。

  その後。

  私は夜な夜な夢の中であの世界に紛れ込んだ。

  "ちぃちゃん、おいでよ。こっちにおいでよ、ちぃちゃん。"

  "ちぃちゃん、おいでよ。こっちにおいでよ、ちぃちゃん。"

  "そんなところにいないで、こっちにおいでよ。"

  誰?誰なの、私を呼ぶのは。
 母は私のことを千絵さんと呼ぶわ。
 父は私のことを千絵と呼ぶ。
 友人たちは私を千絵ちゃんと呼ぶわ。
 ちぃちゃんと呼ぶあなたはいったい・・・。
 するとその声はいたずらっぽく笑う。

  気がつくと私は父の腕の中にいた。
 海辺の白い家の二階のバルコニーに出ていた私は、すんでのところで落ちているところだった。
 母は憔悴しきっていた。私は母の呼びかけにも答えず、むしろ暴力的に母の腕を振りほどき
 バルコニーに飛び出したというのだ。
 まるで夢遊病者のように。
 そしてクルクルと回転しながら、卑猥な言葉を喚き散らしながら。
 冬の海の波が荒々しく岩場に叩きつける音が私の心の奥底を叩き潰すように聞こえた。

  そのことがあってから父は執事の吉田に私を家から出さないように言った。
 私はそのことについては特になにも思わなかった。
 というよりはそれどころではなかったから。
 実際夜な夜な見るあの白い霧の夢のせいで、私の心は異常なまでに掻き毟られていた。
 深い霧の中をさまよい続けるあの夢に。
  すると私の体は、私の眠っている間に奇行を繰り返している、というのか。
 実際に目覚める度に私の体には痣や傷が増えていった。
 そして夢を見るのを怖れて眠れない夜が続き、いやしかし最後に結局は寝落ちてしまう。

  母の薦めで何人かのお医者様とか博士の診察を受けた。
 母は私には悟られまいとしていたがその方々との話の中で「夢遊病」とか「多重人格」といった
 単語を使うのが漏れ伝わってきた。「精神疾患」とか「強迫症」とか恐ろしい単語が増えていった。
 私になにが起きているのか、母に恐る恐る聞くと、母も恐る恐る話すのを拒んだ。

  ある日目覚めると母の求めに従い、私の四肢は吉田によってベッド柵に縛り付けられていた。
 母が私を怯えたような目で見るのが悲しかった。私の両腕には掻き毟ったような傷があった。
 母の顔にも吉田の顔にも生々しい傷跡があり、それよりなにより
 ふたりの疲労と絶望感が見て取れたのが辛かった。

  薄々気づいてはいたが、釈然としないが故に考えることを避けていた状況について
 母が口にしたことにより、戸惑いはより深まった。だが認識すべき状況は理解できた。
 そして理解できるほどには冷静でいられた。

  「あなたの体には、なにかが取り憑いてるのよ!」

  私の体になにかが取り憑いている。
 私の中では合点がいった。
 まさにそうだ。私が白い世界に迷い込んでいる間になにかが私の体を動かしている。
 その実感が私にはある。
 そして私の体を傷付け、こともあろうに母や吉田にも傷を負わせている!
 いったいなにが私の体に起こったというの!
 いったいなにが私の体に取り憑いたというの!
 ・・・しかし私が知ることが出来るのはここまで。

  ひょっとしたら・・あの声の主が・・

  幼い声で私を霧の中に誘うあの声の主が・・
 私の体に取り憑いているというのか・・。
 思い返すに幼いが故の、こどものような残酷さを感じさせる・・声。
 明らかに・・悪意を秘めている・・あの声。

  だから眠りたくない。私が眠ってしまうと必ずよくないことがおこる。
 だが睡魔は以前より早くやってくるようになった。
 目をしっかり開けていても頭の中が白い霧に覆われて、母の声が遠くなる。
 ダメ、眠っちゃいけない!
 瞼をしっかり開けて!

  涙が眼を覆っても、瞼を閉じないわ!
 ウトウトしないように、頬の筋肉を動かせば・・と聞いたことがある・・。
 そうよ、心理学の先生がワタシの講義が退屈で眠いときは頬の筋肉を動かしてみろ。
 眠気が取れるぞ!やってみろ!そう仰っていたじゃない!
 口を大きく開けて、横に思い切り広げて!
 そう、それを続けるのよ、ほら、もっと・・もっと・・もと・・も

  ダメ!ほら、もっと大きく口を開けて、横に広げて!
 今度は口を窄めて、頬の筋肉を持ち上げて・・・今度は下げて・・
 そうよ、それを続けるのよ、上げて、下げて、ほら、もっと・・もっと・・もと・・もっ・・

  ダメ!声を出して、おかあさま、なにか喋って!
 吉田、お願い、なにか喋ってちょうだい!
 しかし之とて私の眠っている間の奇行のひとつとしてしか、とらえられていないようだ。
 母がおののき震えている。吉田も怯えている。
 叫ぼう、叫ぶしかないよ

  アアアアアアアアアーッ!アアアアアアアアアーッ!
  アアアアアアアアアーッ!アアアアアアアアアーッ!
  こうなればどうとらえられようと危害が母に及ばないようにしなければ・・
  アアアアアアアアアーッ!
  アアアアアアアーッ!
  アアアアアアーッ!
  アアアアアーッ!
  アアアーッ!
 
  だめだ、体力が無くなっていくのが解る。
  やがて声も出なくなった。
  喉元が乾いてガラガラ声もでない。
  哀しくて辛い熱い涙が頬を伝わるのが解るが、私の重い瞼が閉じられてゆく・・。

  目の前が真っ暗になった・・。

  身体の力が抜けてゆく・・。

  首を立てていられない・・。

  頭がガクンと落ちる・・。

  意識が遠のく・・。

  意識が・・。


  その瞬間、夢の中に入る直前に、私の耳元のすぐ横で嘲り笑ったあの声がした。






  
”ちぃちゃん、待ってたよ・・。さぁ、わたしの出番だ。”




 





 いただいたご感想等
2013-06-02 07:43:
天白 りょう
はいはい さあ出番ですよ って そこで終わられると 困っちゃう
この後の展開を 期待します

2013-06-02 08:08:10
通りがかりのものですが
上の人はやたらと続きものがすきなのですね。
困ったひとですね
むしろ切り取り方を曖昧にしたぶん、想像がかきたてられてます。


2013-06-02 19:01:
まんぼう
そして”わたし”が何食わぬ顔で「ちぃちゃん」の代わりになるのですね。
そしてやがては……

2013-06-02 19:42:
椿 まこ
内側から書かれているので
自分を見る目とか 自分が悟っていくこと で
取り憑かれた状態が進行していくのが伝わってきて怖いです
ラストにそれが主役になる ぞっとするような一言ですね

2013-06-02 21:13:
平岩隆
Wow、いやいや皆様さっそくコメントありがとうございます。
まぁこの文章も現在準備中(ウソ)の「跡地5」で繋がるものに含まれていくのでしょうが
(自信があんまりないけどw)まぁ人の文章を魚に喧嘩するのは他でやってください♪
てなことで「山」の登場しない「山の神さまサーガ」となりますか・・・なんじゃらほいw

2013-06-02 21:15:
平岩隆
天白りょうさま
恋とホラーは焦らして焦らしてなんぼのものですからw
この後の展開は期待されても保証は出来ませぬので、よろしくおねがいします♪

2013-06-02 21:22:
平岩隆
通りがかりのものですが さま
ありがとうございます。
70年代に一気に名を上げた映画監督にウィリアム・フリードキンという方が居まして
「フレンチコネクション」とか「エクソシスト」とか「恐怖の報酬」とかが代表作なのですが
エッジの効きすぎた編集で観るものを不安に陥れたり、緊張感を高めたりしてましたが
ギリギリのところの寸止めを外してしまうとダメダメになってしまうという博打でもありまして。
なにが云いたいかというと
「切り取り方」を感じていただけた点が書き手としてとてもうれしく思います。
ありがとう!

2013-06-02 21:25:
平岩隆
まんぼうさま!
実はその辺が全く話しが未定でwどういたしちゃいましょw
メモ的に現在準備中のネタがですね。
「脅迫症」「精神疾患」「多重人格」「憑き物」てな単語ですが
ここで晒してしまったからには・・別なものにしなければなりませんね_orz

2013-06-02 21:31:
平岩隆
椿 まこさま!
コレは実は私の親友の話でもあって_orz 
皆で山にキャンプなどにいくとその親友は昼間の温厚さからは考えられないほどの
凶暴ないびきと歯ぎしりと凄まじい寝相の悪さで周囲を圧倒してしまいます。
彼は恐らくは寝ている間は別な何かに乗っ取られているのかもしれません(ワオ!)

2013-06-02 21:58:
青猫
読ませて頂きました。
なんでしょう。
何が呼んでいるのでしょう。
自分の中にわからない空白があったら、すごく怖いなって読みながら思いました。
しかも最後に乗っ取られた?
どんどん悪化して行くのがとても怖かったです。

2013-06-02 23:48:

私、「なぜその人だったんだろう」といつも思ってしまうんですね。
どんなお話でもそうなんですが、ファンタジーでもホラー?でも、
その人じゃなきゃいけなかったのか、何か理由があるのか、と思ってしまうんです。
しかも、なぜ最初の邂逅が成人式のときだったのか、とか。

そういうのってナンセンスなんですかね(>_<)
でも、私は考えずにいられないのです。ただ単に怖いのが苦手なだけかもしれませんが・・・
そういえば、以前、友人に、
「ホラーはね、(ストーリーの)筋なんかないのよ」と言われ、愕然とした記憶が(笑)

2013-06-03 00:07:24
平岩隆
青猫さま!!
今年に入ってから掌編を書く企画に参加して薄気味の悪いものを書いてきましたが
それらの集大成的な(ホントかっ!)文章を「跡地5」に寄せたいと思っていまして。
変な連結を模索し始めたら、こんな話が_むしろ必要_となってしまった、と
いう感じなんでありまして_orz
いったい何が呼んでいるのか・・!
ヒントは拙作「鬼っこ」だったりして_orz

2013-06-03 00:18:18
平岩隆
桃さま!
ありがとうございます。
ぜんぜナンセンスじゃないです。
むしろこれらの連作のような話には、考えていただいた方が「嬉しい」です。
成人式も仕掛けのひとつですし、幸福だった記憶というのも仕掛けでございまして。
ホラーというより怪奇文章な不肖平岩としましてはストーリーの筋が無ければダメダメです。
そのうえで怖さとか不思議さとかを出せればとか思ってます。
いやその目論見が成功してるかどうか・・・てのが難しいのですが_orz

2013-06-03 20:00:29
オオサカタロウ
眠りに落ちる瞬間って、自分では意識できないですよね。
ちいちゃんが、その瞬間に聞いた最後の台詞。怖いです。
自分の中にもうひとりいるという恐怖。
一度意識してしまうと、その存在はどんどん大きなものになって、
しまいには乗っ取ろうとしかけてくるんでしょうね。
エクソシストとかの憑依系映画でよく見る絶叫。あれは乗っ取られまいとして
抵抗しているときの「叫び」だったんですね。

先日イノセントガーデン(原題Stoker)を観まして、
この話を読んだ後だったので恐怖倍増でありました。

2013-06-04 18:47:59
平岩隆
オオサカタロウさま!
イノセントガーデンが未チェックですが予告編観ると・・やばい・・「先手打たれた」感がします_orz
もひとついうと先日午後ローの録画でキングの「ドロレス・クレイボーン」の映画化したヤツを
観ながら意外な出来の良さに「やべ影響受けちゃうかも」感が漂っていますが頭を切り替えて
「跡地5」取り組みたいと思いまふ。
この文章は恐らくは拙作「鬼っこ」の後の部分になるはずで(いや保証はしませんが)
要するにエクソシストな匂いを漂わせながら実は・・。
「誰もが経験したことのある」寝落ちするまでの個人的な格闘を書いただけの
文章であったりはするのですがw

2013-06-05 23:46:48
愛凛(あいりん)
短いけど、はっきりとしない、なんだかわからない
得体の知れないものの怖さが平岩氏独得の表現で
描かれていると思います。
なんだか、わからないものってのが、一番怖いですから。

2013-06-06 10:25:
平岩隆
愛凛さま!
ありがとうございます。
正体を現わすまでの焦らし方がこういったものの定番かと思ってはいますw
勿論、ゴリゴリと異形の怪物を描いていくのも正攻法だとも思いますが
文章だからこそ即物的にというよりは、間接的な得体の知れなさという表現が
可能なのだとは思います。漫画や動画じゃそういうわけにはいきませんからね♪
それと、自分の知らない自分の姿って怖いじゃないですかw
自分の名前を検索するとか可也勇気がいるよね〜♪

 
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