20130901
白日夢
 





 2013年6月の「新地」さんのお題が「待つ」ということでして 
 「待ちますか」そうですか「待っちゃいますか」。
待ち時間というものが大嫌いな人間ですので実は不得手な題材。
待ちぼうけを喰わされたあの夜のことがトラウマになっているのでありましょうかw
今回の文章の元ネタはを映画史上の最凶映画「エクソシスト」の
映画史上最悪のブス女リーガンの「なかのひと」目線で見た・・ような感じでありまして。
さて、どうなりますことやら。
かといって悪魔が出るわけじゃない。
そこは不肖・平岩。キリシタンではございませぬのでw



関連リンク



白日夢





  Giulio Caccini - Amarilli, mia bella from Le Nuove Musiche (1602)

  その瞬間、それまでの暑さを全く感じなくなった。
 と同時に、辺りの蝉時雨すら遠くに聞こえるような静寂に包まれた。
 いやそれは一瞬のことでピーと耳鳴りが内耳の奥まで響いた。
 耳の辺りの緊張は頬骨に伝わりその裏の・・無意識に脈動を感じる。
 心臓が身体全体に血液を送り出しているのを感じる。
 しかしそのなんとも緩慢なスピードに少し驚くが、だからといって急激になにかできるということもなく
 いやその緩慢なスピードによって一種の楽観的な。というよりは諦めにも似た感覚が全身に伝わってゆく。
 視界は外側から霞がかかったような薄らボンヤリとしたものになり、三半規管は正常に立っていないことを
 脳に伝えてはいるが、その脳が映し出す映像は地球の自転を感じさせるように回転している。
 やがて天動説が正しかったことを 実感するほど空が回りだす。
  すぐにそれは雲のような白い雲に覆われてゆく。違う、雲などではなく自分の視界がどうかしているのだ。
 真っ白な世界が広がってゆく。やがて眼に映ったもの全てが白く濁りかえった世界に埋没してゆく。
 そうではない。脈動に合わせて、鮮明な視界も現れるが、やはり脈動に合わせて、白い霧に埋もれてゆく。
 その緩慢なリズムは、徐々に更に緩慢なものとなり、自らの自律神経さえ意識せねばコントロールできないと
 思われるほど心細い感覚に囚われる。

  息を吸うのだ。息を吸うのだ。鼻から息を吸うのだ。肺いっぱいに膨らませるほどに息を吸うのだ。
 あとは自動反応的に肺から息は吐きだされていく・・ハズだ。
 だから、息を吸うのだ。そのことだけにひとまずは集中しよう。
 
  息を吸うのだ。息を吸うのだ。鼻から息を吸うのだ。
 
  焦るな、焦って呼吸を荒立てることはない。今の状況ではなにが起こるかわからない。
 緩慢な脈動の上に・・ここで呼吸を早めたなら。思考がまとまらない。朦朧としている。
 血中酸素が飽和状態になり過呼吸状態になってしまうかもしれない。
 果たしてそうなのか・・なにがなんだかわけがわからなくなっている。
 息苦しい。呼吸が止まっている・・!
 
  息を吸うのだ。息を吸うのだ。鼻から息を吸うのだ。
 
  焦らずゆっくりと息を吸うのだ。肺いっぱいに膨らませるほどに息を吸うのだ。
 あとは自動反応的に肺から息は吐きだされていく。

  す〜、は〜。す〜、は〜。
  す〜、は〜。す〜、は〜。

  ゆっくりとゆっくりと・・しかし少しでも気を緩めれば短い呼吸になってしまう。
 意識せねば。しかし呼吸ばかりに集中していると、違う部位が異常をきたす。
 回転する世界が音を立てて崩れ落ちるような、姿勢制御のできない状態に陥り
 下半身の筋という筋から力が一気に脱ける。膝が地面につき腰が折れ、上半身が投げ出された。
 顔面に泥が着いたのに気がつくが、他の部位に痛点のセンサーがダメになっているのか_
 痛みを感じない。ただこのとき今まで感じていなかった暑さ・・いや熱を感じた。
 熱を感じる。狂ったようにこの大地に容赦なく降り注ぐ陽の光に肌を焼かれる。
 すると全身を包み込む皮膚にある汗腺という汗腺から一気呵成に汗が流れ出したので・・
 腕から足から頬から毛根の奥から塩臭い体液が噴き出す。
 既に必要以上に汗が体から噴き出している。

  人間の体は、体重の1%程度の水分を失うだけでも脱水状態になる。
  4〜5%失うと、発汗量が減り体温はさらに上昇し、吐き気やめまいなどの症状が現われる。
 ここに至るまでにも相当量の発汗があった。
 だから・・恐らくはかなり危険な状態にある・・ということは・・解っている。
 
  あぁわかっている・・。

  だが、この脱力感と疲労感、そして恐らく瞳孔が収縮し、焦点すら定まりづらいのになにが出来よう。
 塩臭い・・臭覚だけは敏感になっていた。
 自らの塗れた液体の臭いにむせかえる。それだけではない。
 周囲の臭いも混じっている。
 卵が腐ったようなタンパク質が崩壊していく時に発する様な・・腐敗臭・・
 そのままライターの火でもあれば引火してしまいそうなほどの濃厚な・・痛いまでの刺激臭。
 しかもすでにアンモニア分解が始まっているのだろうか、饐えたような冷たさを内包した悪臭。
 頭の中が混乱している。
 だが徐々に倒れこむ前に目にした光景を思いだした。
 余りの暑さに水位の下がった沼地に・・水底が顔を覗かしそうな干上がりかかった沼地に。
 夥しい数の遺体が、或るものは残った水の上に浮き、或るものは泥にまみれ、或るものは
 干上がって腐敗し 無数のハエがたかっていた・・。
 恐らくは上村の村人たちに違いない。

  その惨状がフラッシュバックのようにチラチラと強い光を当てられたように思い出される。
 いや思い出すという時間差はない。
 眼に見えないだけで、まさにその只中にいるのだから。
 今、伏している地面のすぐ先にある光景なのだから・・。
 しかしどうしろというのか・・。意識しなければ呼吸もできないような状況で。
 いったいどうすれば・・。
 流れ出た体液の分だけ血液は水気を失い、緩慢なる脈はさらに緩慢になっている。
 流れるものがなければ血圧は低下する。
 意識すら遠のいていくのが感じる。
 このままでは、死をむかえる。
 はじめて死を実感した。
 視界の白い靄が一層濃くなってきた。
 真夏の炎天下だというのに、暑さを感じていない。
 呼吸を意識的に試みても深く吸い込むことすらできない。

  す、は。す、は。
  す、は。す、は。

  沼地の近くにひとはいない。

  す、は。す、は。
  す、は。す、は。

  助けを呼ぼうにも誰もいない。

  す、は。す、は。
  す、は。す、は。

  そして沼に転がる夥しい数の死体は、数戸しかない上村の住民のほとんどであろうから。

  す、は。す、は。
  す、は。す、は。

  集団自殺でもしたのか_?
  それとも野獣にでも襲われたか_?
  しかしなぜこんなところに皆が集まっていたのか_?

  す、は。す、は。
  す、は。す、は。

  そんなこと、いまさら、どうでもいいことではないか・・。

  す、、、は、、。す、、、は、、。
  す、、、は、、。す、、、は、、。

  しかしこの暑さ、なんとかならないものか・・。

  す、、、は、、。す、、、は、、。
  す、、、は、、。す、、、は、、。

  しかしこの悪臭、なんとかならないものか・・。

  す、、、は、、。す、、、は、、。
  す、、、は、、。す、、、は、、。

  そのとき、鋭敏になった聴覚が草むらを踏み分ける音をとらえた。

  助けを求めるためあらん限りの大声を発したが、なにを云ったのかは自分でもわからない。
 大声を出した後・・それが・・例えば人でなく獣であったなら・・
 それを思うと、若干ながら肝が冷えた、が、もう、どうでもいいことではないか。

  どうせこの茂みの中に引きずられて喰いつくされてしまうのだ。

  しかし草むらを踏み分ける足音はこちらに向かってきている・・。
 恐らくは二足歩行のリズムで・・。
 そして足音は立ち止まった。
 一縷の望みが徐々に胸にこみ上げてきた。
 白い靄の中を凝らして見るように、瞼を大きく広げると覗き込む者の姿をとらえた。
 声にならない声をあげようとしたが、それは夢現のもののように見えた。

  首のない胴体が生首を抱えているのだ。

  そして抱えられた老女の生首は覗き込んで。
 
  「ちっ、まぁあだ、生きてんのかよ。」

  と舌打ちした。

  


  おそらく、もう私は死んでいるのだろう。






 





 いただいたご感想等

2013-09-01 06:01:
まんぼう
生と死の境にあるもの……そんなことを感じました。
生首を抱えた者は果たして何なのか?
異世界の住人か、人に非ずなのか……興味深いです。(^^)

昨夜はお世話様でした。楽しいひとときでした(^^)


2013-09-01 06:21:03
平岩隆
まんぼうさま
早々に、ありがとうございます。
熱中症で搬送されたときの記憶をもとに書いてみました。
いろいろ憶えているから・・意外に冷静だったんでしょうねw

2013-09-01 14:13:55
椿 まこ
意識 というものが
克明に描かれていると思いました

この老女は怖いです
決して滅しない みごとなまでに強い負のエネルギー
それを感じます

2013-09-01 21:38:08
平岩隆
椿 まこさま
ありがとうございます!
熱中症でも意識障害に陥ることがあるらしいです。
その手前でなんとか助かりましたが、まだまだ暑い日があるようで、ご自愛ください。
さてこの老女というのは拙作「触法少年」で出てきた老女でありまして(多分w)
この後先・・どうなってしまうのでありましょうや・・・
作者すらわかっておりませぬ_orz

2013-09-03 08:42:
MIGU-28
私が生きている間。
今だこのような状態に陥った事は無いのですが、きっと「そうなんだろうなあ」と
息苦しい感覚で読ませて頂きました♪
デュラハン的な方がヒョイっと登場された場面もとっても楽しかったです。
全然内容は違いますが、何故だか映画の「エルトポ」を思い出しました。

2013-09-03 23:32:
平岩隆
MIGU-28さま
ありがとうございます。
自分でも「まさか自分が」と思いましたから・・orz
熱中症、脱水症は怖いですよ。
てなことで、まぁ体験談になるんですが掌編連作に組み入れるために
デュラハン婆を出しました。初出は拙作「触法少年」でございます。
この婆が今後何作か出るかとは思いますw

 
inserted by FC2 system