初出
2012年7月26日
dNovels

なにか雷様ていうと俵屋宗達の風神雷神図とか高木ブーを思い浮かべてしまう
訳ですが、もちっと血みどろな感じの話にしようと思ったのですがよ。
ところが、書いていくうちにやはりヴィジュアルな印象というものは
強いものでコミカルな雰囲気を醸し出してしまうのであります。
まぁ、以前の拙作同様「昔こんなこと言われてたよね」シリーズwでありまして。
今回は拙作にしては珍しく三人称でおとぎ話風な臭いを狙ってみました。
夏の怪談シリーズ!となりますかどうかw

今回サウンドトラックは、ビバルディ。
とくれば「四季」。
「春」はお馴染みですが、勿論今回は「夏」



2013年1月
HPに掲載



夜来香さまが以前上賀茂神社のコメントを寄せられてから
雷神の話が浮んだ・・というのがホントのところでありまして。
勿論、上賀茂神社のイメージはあるのですが、落ちが先に出来てしまったのでw
田舎の天満宮でございます。
最初はもちっと切り株描写を入れてスプラッタな血塗れな作品を想定していて
「いいか、其れを云うなら、くわばら、くわばらだ_。」で終わりに
してしまおうと思ったのですが
それじゃあんまりすぎるので_落ち着くところに落ち着いた・・
って感じでしょうかw


 夜来香さま

京都は連日の猛暑で蒸し暑い日々ですが、そちらは御元気でお過ごしと存じます。
このお話に登場する雷様は「なまはげ」みたいですね。
くわばら、くわばらと言われて退散する姿がとてもユーモラスでしたw
子を守る母の愛は強し!私は雷神というと、やっぱり、上賀茂神社のご祭神の
賀茂別雷命を思います。雷とは「神鳴り」という意味があるそうです。


 氷室ルイさま

相変わらず、平岩ワールド全快ですなぁ!
最初の方は、てっきり田舎の人々の生活を描く日常物とばかり思っていましたら…
後半の「らいじんさまはひとりじゃない」のところで、鳥肌が立ちましたね。
唐突な急展開。さっきまで騒いでいた輩たちが、あっという間に殺されてしまう。
複数人の雷神さまが上り込んできたのを想像して、怖ぇぇぇ!と思ってしまいました。
いやぁ、流石!
しかし、“くわばら”のくだりは流石平岩さんでしたね。
怖くもあり、またユーモアもある。
くわはらじゃない。くわばらだ。と訂正するシーンでは、
ついニヤっとしてしまいました。
おい……!お前が教えちゃダメだろ……!
しかも、最後は悔しそうに舌打ちする始末。
「最近の母親はずる賢い」いやいや、教えたのお前らだろ……!と(笑)
それに、最後の雷神と母親の駆け引きにはちょっと燃えました。
「赤子を渡せ!」「イヤだ!わたしが子の子を殺す」「なんてひどい女だ!」
このあたりが好きです(笑)
恐ろしくもあり、コミカルな雷神さまをありがとうございました。
蒸し暑いのに、涼しくなれましたよ。


 野山りびえらさま

はじめまして、平岩隆様。
あしあとをたどり、こちらへたどり着きました。
拝読させていただいた折、コメントを残そうと思います。
失礼がありましたらごめんなさい。
全ては野山の思うところであり、そんな風に感じる人もいるのだなぁ、と
観察していただければ幸いです。
ホラーを中心に書かれいらっしゃるとのこと。
なので途中、ヘソを取る、というくだりに、よもやと思えばの展開でした。
これはスプラッターか、と覚悟したところ、
(事実、見えない部屋で次々狩られてゆくくだりは、
脳内シースルーで肉片が飛び散っておりましたが)
案外と雷様に愛嬌があり、よかった、と胸をなでおろした次第です。
むしろ、お千代の機転の利かせ方と、雷様のやり取りに形勢逆転、
怖いどころか、爽快さを覚えてしまいました。
突っかかることなく最後まで読ませていただいた文章に、
かなり書きなれていらっしゃる印象を受けました。
小話感覚で、ささっと、書かれた雰囲気が、また読みやすかったです。
長々なりましたが、また機会がありましたら、本領発揮の作品も、と思いつつ。
今後、ますますのご活躍を心より、お祈り申し上げます!







 谷を回り込んで山々の間を流れる清流の脇を登っていくと
道は左に大きく折れて深い森に入る。
藪蚊の群を交わしながら足を早めると程なく明るい丘に出る。
少しの間山を巻きながら細い山道を進むと、眼下に宿場町が広がる峠に出る。
そこまでくれば後は宿場町まで下るばかり。
いっきに駆け下りれば町外れの天満宮の裏手に出る。
小さな宿場町だからすぐ裏には水田が広がっている。
この夏の季節ともなれば 青青とした稲が青い空に向かって勢いよく伸びている。
その青い穂先の空には白い入道雲が沸き上がっている。
水を湛えた水田にはかわずがころころと鳴き声をあげ、子鴨が虫を啄む。
其れを観てわらべたちははしゃいでいる。
川の畔の街道沿いは長雨が降ると浸水の被害があるので宿を求める旅人たちは
この時期になると少し歩くがこの街道からはずれた宿場町に集まる。
しかしながら辺鄙な田舎町には違いのないこの宿場町には
名産品もなければ芸者もいない。
岡場所もなければ・・あるのは数件の木賃宿ばかり。



宿屋の店のものにしたって裏では田畑で働いていて宿屋の仕事など片手間程度。
無愛想でぶっきらぼうのお女中たちをして、ここにくるんじゃなかったと
後悔をするものもいれば、仕事のためだけの宿だから都合がいいと
割り切るものもいる。



天気の良い汗ばむような日だったから木賃宿の窓という窓。二階の窓も。
屋根の上にも布団を干す光景がひろがった。
生まれたばかりの赤ん坊をおぶったお千代は洗濯物を物干し竿にひっかけて。
「さぁさ今日中に乾いてもらわにゃ、あんたのおむつがなくなってしまうわぃ。 」
洗ったばかりのおむつをパンパンと叩いてしわを伸ばしながら、背中の太郎をあやす。
「おとうは明日帰ってくるからいい子にしてるんだよ」
きゃっきゃっと太郎は笑い返している。

”こんこだけは命に代えてもまもらにゃ”

お千代は太郎の笑顔を見るにつけ、いつもそう思う。
洗濯物を干し終わると、お千代は木賃宿の掃除に向かった。



昼を過ぎると更に日差しは降り注ぎ、これ以上干したら布団は熱くなってしまって
客から怒られるだろう、と木賃宿の女中や小僧たちは今度は布団を叩き
仕舞いはじめた。
之だけ暑いと水田のかわずも鳴き声を潜め子鴨たちも日陰に行ってしまった。
わらべらも遊ぶ元気もすっかりなくなり納屋でぐったりとしている。
旅人たちも日は高いがこの暑さの中次の宿場まで辿りつけまいと踏んだのか
徐々に客が集まってきた。
頬に汗が伝わり、其の汗が乾き、土埃が貼りついた顔をあげてふぅと息をつく。

「ひと雨こないかねぇ。」

誰となくそんなことをつぶやく。

 

乾ききった喉を鳴らしながら日に焼けた長老が空を見上げると
白かった入道雲がいつのまにか灰色の分厚い重苦しい雲に変わっていた。
この蒸し暑いのに宿場町の通りを冷たい空気が流れ込むのを感じて思わず身震いすると。
長老の顔は歪み、血相を変えて納屋の方に走り出した。

「おまえらぁ、早く家に帰れ、今日はさっさと飯を食って布団に入って寝ちまえ!」

突然そんなことを大声で云われて、わらべらも驚いた。
だが、あんまりの形相だったもので各々の家に走って帰っていった。

「長老さまぁ、さっさと飯喰って布団にはいって寝ちまえ!って!」

するとわらべらの親は不安な表情を浮かべた。

「さぁさ、そうさな。さっさと飯喰って布団にはいって寝ちまおう!」



見る見るうちに分厚い雲は低く垂れ込めて、山を覆い隠した。
空は真っ黒になった雲に覆われた。
重みのある天からの一滴の水が地面に突き刺さると、一気呵成に大雨が降り注いできた。
旅人たちが木賃宿に押し寄せて、やんやの騒ぎとなった。
太郎を背におぶったままお千代は客を客室に案内していた。
突然の大雨に驚いた泊り客たちは、興奮気味にやれ飯だ、やれ布団だと騒ぐため
お千代をはじめ女中たちは大わらわ。



地面に突き刺さるような大雨が更に強くなった瞬間、大きな天の竜が腹をすかせているような
不気味な音がまるで地響きのようになった。
すると太郎が泣き出した。

”あぁ・・こんなときに・・おねがいだから・・いい子にしといておくれよ”

客たちは一斉に泣き出した太郎をどこかにやれ、と騒ぎ出した。
其れほどまでに太郎の泣き声は大きかったが、さらに大きな音がした。
障子の向こうが真っ白に光り、物凄い轟音が鳴り響くと太郎は火がついたように声を上げた。
こうなるとお千代もたまらない。
見かねた女将がお千代にいう。

「もういいから太郎ちゃんにおっぱい飲ませて今日はもうお休み。」

泣き止まない太郎を背にお千代は困惑していると、今度は言葉を強めた。

「早くしないと!雷様にオヘソ獲られても知らないよ!」

この女将の言葉に口汚い木賃宿の客が反応した。

「そうだ、そうだ!雷様にオヘソ獲られちまうぞ!」

「さっさとおっぱい飲ませて寝かしてしまえ!」

お千代は女将に会釈すると足早に木賃宿の裏手の小さな粗末な我が家に帰った。
濡れた我が子を乾いた布で拭いてやると、落ち着いたのか泣き止んだ。
ふすまを閉めて布団を敷き蚊帳を吊る。

「いいかい、太郎ちゃん。今夜はいい子にしてゆっくりお休みよ。」

天満宮の御守を赤子の着物に括り付けて。
腹をすかせた赤子に乳を飲ませる。

「たんとお乳をお飲み。今夜はいい子にしてお眠りよ。
あすたにはおっとうも行商から帰ってくるからな。今夜は静かにお眠りよ。」

ねんねんころりよ、おころりよ。
お乳をたくさん飲んで満腹となったか赤子は静かに寝息を上げる。



そのころ木賃宿では酒の入った品の無い客相手に女将と女中、
男手も総がかりで奮闘中であった。

「雷さまにオヘソ獲られないようにってか!さっさとねちまえってか!
こちとらこどもじゃないんだぃ、酒ぇもっとださねえかいっ!」

ここは木賃宿。女将も女中たちも本業は百姓だからカチンときた。
女将が女中や男どもに指図して引き上げさせる。

「いいかい、ここいらの雷神様ぁそんじょそこいらの雷様とはワケが違うんだぃ。
さっさとへそかくして寝ちまえぃ、其れがいやなら結構、
さっさとこの雨の中出ていくがいいさ!」

物凄い稲光がして、地響きがするような雷鳴が轟く。
さっさと女将も引き上げてしまうと、木賃宿の客たちは仕方なく布団を敷き横になった。
これだけの雨が降れば少しは涼しくなりそうなものだが、酒のせいか
相部屋で雑魚寝状態のせいか蒸し暑くてかなわない。
客たちは少しばかり窓を開け、着物をはだけて、横になった。
寝相の悪い客が絡めてしまったのか蚊帳も落ちてしまったが、
再び吊る気力もなく薄らぼんやりと寝入る。
あぁひでえ宿だ、と寝言が聞こえる。

雨は更に酷くなりお千代の家では雨漏りがするようになった。
桶を下に敷くとまるで一定の拍子をとるように雨粒が落ちてきた。
「気にしなくていいんだよ、今夜は静かにおやすみよ。」
そのとき外が真っ白に光り、粗末な家が揺らぐほどの音がして、
さらに裏の茂みで木が軋み倒れる音がした。




雷が落ちた・・。












お千代は太郎が起きはしまいか心配になり抱き上げる。
隣村の実家の母親が云っていた言葉が思い出される。

「ここいらは西風に煽られた雲が切り立った山の稜線にぶつかるからぁ。
白かった雨雲が真っ黒い雷雲に変わってしまうんだょ。
雷さまぁ、人間のへそを獲って食らうっていうじゃないか_。
あんたにもそう言い聞かせたがよ。
ほんとはな、雷さまぁ人間の生き胆が好きなんで。
とくに赤子と生娘の生き胆が好きなんで。
それをわらしにいうわけにはいかないだろ。
だからおへそをとられるっていいかたをしてるんで。
いいかい、オヘソを隠してさえいれば生き胆をとられることはない。
だから赤ん坊が生まれたんだからしっかりとまもらにゃぁよ。

え?

あぁ。そうさ。あんたの察するとおりさ。
昔、この辺りでいっぱい・・たくさんの人が雷様に生き胆を食われて亡くなったのよ。
雷神様ってのはひとりじゃねぇ。
いっぱいいるんだ。わたしのじい様の話じゃ。
死んで黄泉の国に落ちた伊邪那美の神様の腐った躯から八柱の雷神様が生まれたらしい。
蛆のわいた腐った躯から生まれたから新鮮な人間の生き胆が好物らしい。
だから雷様除けの天満宮を祀っているんだよ。
菅原の道真候が亡くなられて悔しさのあまり雷様になったってさ。
生前の恨みを雷様になって晴らしたらしいが御自分の領地の桑原には雷は落ちなかった・・。
だから、いいかい。
もしも、雷様が来ることがあったら
まず蚊帳に入ってオヘソを隠すこと。
天満宮の御守を身につけること。
そして雷様が行ってしまうまでつぶやき続けるんだよ。

桑原、桑原、と。

そすれば雷様ぁいっちまうから・・。」


木賃宿のほうで、人々の叫び声がする_。
女子供の叫び声がする_。
男たちの叫び声がする_。
低くしかし高らかな豪快な笑い声が響く。

”をたすけを_!”

”後生でございます・・お助けくださいまし!”

嘆きの声に続くのは断末魔の絶叫。
あぁ・・雷様たちが降りてこられたに違いない・・。
宿の客たちが生き胆を抜かれているに違いない・・。
鮮血に塗れて生き胆を抜かれて転がる累々たる躯を思い浮かべるとお千代は怖くなった。

 


お千代は太郎をぎゅっと抱きしめた。
太郎はすやすやと寝息を立てている。
稲光が走り障子の張られた戸口に何者かが立っているのが見えた。
雷鳴のような大声を張り上げて無造作に戸が開けられる。

「赤子の臭いがするぞ。乳臭い赤子の臭いがするぞ!」

現れたのは牛のような角を持つ奇怪な・・雷様であった。

「どこだ、赤子は。柔らかくて赤子の生き胆はどこだ。」

お千代は動くことも出来ず息を殺して太郎を抱きしめた。

「畳の下に隠したか?鍋の中に隠したか?」

「赤子は何処にいる?美味そうな赤子は何処にいる?」

雷様は家の中を探し始めた。
お千代は思いを巡らせた。
蚊帳に入って、おへそは隠した。
天満宮の御守は持った。
あとは菅原の道真候の領地の名前を・・
え?菅原の道真候の領地って・・どこだっけ_。

「くそう、蚊帳が吊ってあるぞ。蚊帳の中が見えないぞ。
きっとこのなかに美味そうな赤子がおるに違いない。」

雷様は蚊帳の端を探り始めた。

お千代はすぐ蚊帳の外にいる脅威に慄きながら
しかし領地がどこであったか思い出せない。
・・原。
そうよ、原がついたはず。

葦原。

井原。

上原。

下原。

馬原。

田原。

なんとか原!
其れは間違いない・・。
あぁ・・金原、銀原、赤原、青原
雷様が蚊帳の端を掴んでいっきに捲り上げた・・。
雄牛のような角、真っ赤に充血した眼、口元は喰らった生き胆の血を滴らせて。

「ここにおったか。」

其の恐ろしい形相に、血なまぐさい息に、気を失いそうなお千代は
まだ頭を巡らせていた。

松原・・。

竹原・・。

梅原・・。

杉原・・。

橿原・・。
あぁ・・くわはら・・!
そ、そうだ・・!
くわはら、くわはら、くわはら・・・。

雷様は少し困惑し、おどけたような顔をお千代に見せた。

「いいか、其れを云うなら、くわばら、くわばらだ_。」



そうお千代に告げると雷様は大きな口を開けた。

「私の赤ん坊を見逃してください。私はどうなっても構いませんから・・」

雷様はお千代の言葉に鼻を鳴らす。

「よかろう。おまえの生き胆を先に抜いて喰らおうぞ。赤子はそのあとでゆっくりと・・」

意地悪く笑う雷様の笑い声が腹まで響いた。

「そんなぁ・・」

お千代は絶望した。
すると悔しくて涙が出てきた。
太郎はすやすやと眠っている。

「雷様に喰い殺されるぐらいなら私がこの子を・・」

自ら手にかけようと太郎の頚に手を回すと、雷様はそこで初めてたじろぐ。

「・・おい、待て待て。早まるんじゃない。
いいか、落ち着け。いいな。子供が死んだら元も子もないだろうが。
死んだら生き胆じゃなくなってしまうではないか。
そうだろ?」

お千代は太郎の頚にかけた手を緩めない。

「私の子供に手を出さないで、でなかったら私がこの子の息を止めて見せます!」

これには雷様も仰天した。

「我が子を手にかけるなんぞ人として最低な母親ぞ!」

「なんとでもいうがいい!このこのためなら・・」

お千代は太郎をしっかりと抱きしめ涙ながらに嘆願する。

「おねがいですから、この子に構わず・・さっさと行ってくださいな・・」

お千代は先程、雷様が云った言い方を唱える。




「くわばら、くわばら・・」



其れを訊くと雷様はしまった!という顔をすると
踵を返し、戸口へと出て行ってしまった。

「最近の人間の母親ってなぁ、狡賢いなぁ。
くわばら、くわばらと唱えられると戻らなきゃならない決まりを知っているようだ。
赤子の生き胆喰い損なったわい。」

と舌打ちをすると外に出て行った。
猛烈な閃光が走り裏山が崩れるかのような雷鳴が轟くと
雷様が雷光を放ちながら空へと登ってゆき、再び激しく光ると

雷雲は散り、夏の星空が広がった。
お千代は太郎を抱きながらほっと胸を撫で下ろした。














     
inserted by FC2 system