Martin Lubenov ork.Dui Droma-Kasalbashki kuchek

砂が擦れる音が耳をつんざいた。
激しい揺れのせいで三半規管は麻痺して何処が上なのか下なのか解らなくなった。
更に後方から黒い煙が立ち込めて焦げ臭いにおいが広がった。
なんどかの爆発が起き、機体はようやく止まった。
床に放り出されたパーサーのユーリ・ブルガーコフはコクピットに向かったが、ドアを開けるとどっと焼けた砂が溢れ出てきた。どうやら機体は砂に突っ込んだらしい。機長以下パイロットたちの生存は、望めなかった。
となれば、乗客の生命を確保するのは自分だ、とユーリは職責を思い起こした。
機体後方にはこのジェットをチャーターした東洋人たちが乗っている。
どうも東洋人というのは同じ顔にみえる・・・が、白いスーツを着たミスター・テラダと人相の悪い黒服を着た5人の男たち。テラダの愛人らしき軍の制服を着た女。そして黒服の眼鏡をかけた女性秘書。
計8名の乗客の安否を確認しなければ・・。
ユーリは激しい頭痛と全身の打ち身による激痛に耐えながら、客室に向かった。
するとユーリはその惨状に驚いた。
客室右側の壁は剥がれ飛んでいた。そして座席のあった場所に座席が無かった。
そこから熱砂が吹き込んでいた。左側の座席はまだ存在はしていたが其処にいた乗客は床に投げ出されていた。床には黒服の東洋人の男性三名の死体があった。
そしてその奥に白いスーツのミスター・テラダの死体があった。
その傍らに軍服を着た女の半裸の死体が転がっていた。
ユーリは絶望の中で涙が込み上げてきたが、かすかな息遣いを聴きとった。
ユーリの背後・・一番前の座席でしっかりとシートベルトをし体を曲げた姿勢を保っている・・黒服の女性秘書の存在に気がついた。サエコ・スズキ・・ユーリは暗記した乗客名簿を思い出しながら、声を掛けた。女性秘書は震えながらもユーリの顔を見上げた。
「怪我は在りませんか?」
ユーリの言葉にサエコはコクリと頷いた。
次の瞬間、落ちた天井板の上で電気のショートが起こりスパークが飛んだ。
この火花がエンジンから漏れ出た燃料に引火すると大爆発が起こるかもしれない。
そう考えたユーリはサエコのシートベルトを外し、機体の裂け目から外に逃げ出した。
暑く焼けた熱砂の上を走って砂山を駆け上がったところで、背後で大爆発が起こった。
黒煙が立ち上る。
雲ひとつない砂漠の空にもくもくと黒煙が立ち上る。
ここはいったいどこなのか。
360度見渡す限りの赤く灼けた砂漠が続いている。
サヌア空港を飛び立ちドバイに向けたチャーター便だ。
ここはまだイエメンなのか、それともサウジアラビアなのか。
いずれにしろルブアルハリ砂漠には違いないい。
飛び立って2時間経ったあたりで爆発が起こったのだから。
大凡の見当はつく。いや機体の自由を失ってから方向もどちらに向いていたかも不明だ。
ユーリは途方に暮れた。
しかし乗客1名が命を取り留めた以上、安全に目的地まで送り届けねばならない。
ユーリは職責を思い出し深く頷いた。
キプロス島での任務に嫌気がさし、軍を除隊してフリーのパーサーとして働きはじめて5年。
流れ流れて辿りついたのがイエメンだった。”世界のテロリストの学校”と揶揄されるこの国では他では見られない実に多彩な人々が行き交っていた。ロシア軍を追われた武器商人たち。イスラエルの諜報機関の男たち。どこにでもいる中国人たち。アルカイダにイスラム国。中古兵器を必要とする人々にとってのバザールが毎日開かれている・・・そんな風景を見てきた。結局そういうところでしか俺は生きられないのか_とユーリは思った。
今回のフライトにしても北朝鮮の工作員をドバイまで送り届けるためのものだった。
ミスター・テラダはイエメンで北朝鮮製の兵器を売った金をドバイでローンダリングする。
誰が見ても明らかじゃないか。

サエコ・スズキは先程までの動揺から徐々に落ち着きつつあったが
いったいなにがあったのか_。を理解するには未だふたりの心臓は大きく高鳴り過ぎていた。
ユーリは黒くたなびく煙を目で追いながら思い返してみる。
後部で爆発があって・・機内で起こったのか?
それともミサイルかなにかで撃ち落とされたのか?

いずれにしろ到着時刻を過ぎてもドバイにつかなければ捜索隊が派遣されるだろう・・。
其れを待つしかない。だが中東特有の灼熱の太陽が照りつける。
灼けた砂の上にいるだけで、残酷なまでの陽の光を浴びているだけで体力は消耗していくのが
感じとれたため、鎮火したプライベートジェットまで戻ろうとサエコ・スズキに促した。
すると首をコクリと前に倒すと壊れた機体まで戻った。
とにかく日影が出来るのはそこしかない。
ユーリは機体まで戻ると使えそうなものはないか、機内を探し回った。
日が傾き到着予定時刻を回った。
さぁ捜索隊よ早く発見してくれ。相変わらず黒煙が立ち上っている。
わかりやすい目印じゃないか・・ユーリは内心の心細さを微塵も見せないようにサエコ・スズキに
笑顔を見せた。
だがサエコ・スズキは唇に人差し指を立てて息を潜めるようにユーリに促した。
ユーリは息を殺して振り向くとベドウィンの男がやってくるのが見えた。
ユーリは思わず天の救いと手を広げて助けを求めようとしたが、サエコ・スズキは制した。
近づくにつれ男が自動小銃を所持しているのが見えたからだ。
このあたりのベドウィンは武装していることが多い。
ああゆう輩に見つかれば最後、その場で撃ち殺されてしまうだろう。
だが、ユーリは話をすれば解ってもらえるのではないか、という希望を捨てていなかった。
ユーリは両手をあげて男に声を掛けた。

「頼む、助けてくれ・・飛行機が墜落したんだ。」

しかし、ベドウィンの男は冷やかに笑うと自動小銃を構えた。
ユーリは暑さが吹き飛ぶほどの冷や汗が全身から噴き出した。
墜落したときに死ぬべきだったな_。
ユーリはそうつぶやくと、目を閉じた。

だがベドウィンの男は背後からナイフで喉を掻っ切られて死んだ。
男の返り血の付いた黒い服を脱いで燻る炎に投げ込んでサエコ・スズキはユーリを睨んだ。
「コイツらが助けてくれるとでも思ってんの?」
自動小銃を拾い上げ、弾薬をしまった袋を取り上げる。

飲料水、食糧・・・食料は無い。
ということはキャンプが近くにある。

ということは・・・?

遅かれ早かれ男の仲間がやってくる。

「ここにいると、殺されちまうよ。」





ユーリはサエコ・スズキの云うがまま機体から離れた。
しかしなんという手際の良さだ。
この女、ただの秘書ではない・・。
いや・・ユーリは思いを巡らせた。
そして思い出した。
ミスター・テラダや黒服の男たちそして軍服の女の死体を。
事故による損傷は勿論あったが・・皆、喉を鋭利な刃物でえぐられたような跡が・・
まさかこの女が皆殺しにしたのか_?
ユーリは再びいやな汗をかいた。
陽も西に沈みかけた。ようやく方角というものが解った・・東に向かう。
なぜか・・といえば・・何の根拠もないのだが・・男が西側から来たからだ。
夜の砂漠は、昼間に比べればまだ歩きやすい。
満天の星空の下、ふたりは東へ東へと向かった。
昼間は岩陰に隠れて休んだ。
夜になると歩いた。
そして3日目に小さな井戸を見つけた。
ふたりは水を汲み上げ飲み干した。
するとそれまでの疲れが出て、眠り込んでしまった。

目が覚めるとふたりは駱駝に乗ったベドウィンの男たちに囲まれていた。
ふたりの足跡をつけてきたのだろう。その数約10騎。
自動小銃にロシア製の携帯対戦車擲弾発射器を持った者もいる。
ユーリは恐らくは彼らによってプライベートジェットが撃墜されたのではないかと思った。
ベドウィンの男たちはユーリを見つけると後ろ手に縛り、代わる代わる殴り蹴った。
気絶する間も与えず次々に繰り返される暴力に、ユーリはひざまづき、銃を突き付けられた。

そして砂漠に銃声が響いた。





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