今日は役場に向かわず市の南部にある「南部出張所」の方に向かい
 出張所の市民課の職員の青木という女性職員と
 行方の知れないとされる110歳の老女の身元調査に向かう。
 初老の域に達している青木は車に乗り込むと
 ウンザリするほど早口で捲くし立てたため、ウンザリした。

  要するに
 @とても暑いのに役所は冷房28度設定を遵守しているのは不快だ。
 A昼休みに冷房自体が止められてしまうのは、たいへん辛い。
 B110歳の老女は「高木静」と云う名前である。
 C電話確認できたのは娘と称する「五月」さんは80歳
 D「静」さんは年金受給記録がある
  の5点について順繰りに何度も。しかも早口で。
  私は、辟易していた。
 この人の周りは体感温度が5度ほど高いのではないか。

  車に乗せられ、市の南部の所謂高級住宅街の辺りを走っていると。
 古びてはいるが豪邸という言葉がピッタリくる洋館風な建物が見える。
 そこが「高木」邸で。明治期以後、日本の金融界の一角をなす
 メガバンクの総帥故・高木理一郎氏の実家として知られていた。

  女系家族として週刊誌でも話題になったことがある高木家は
 当代では理一郎氏の孫である高木五月さんが住んでおり
 母親の高木静さんといっしょに住んでいる・・ハズだった。
 呼び鈴を押し市役所の市民課の者であることを告げると
 家政婦さんが応対し、応接間に案内してくれた。

  空調の行き届いた快適な空間・・所狭しと並べられた
 装飾品の数々が名家の雰囲気を醸し出している。
 そこに杖を突きながらも、意外にしっかりとした足取りの
 80歳とは思えない、きちんと化粧をし黒尽くめの洋服を着た
 白髪の老婆が現われた。



  「市役所の市民課の者ですが・・。
 いまテレビのニュースなんかでやってますけど
 110歳以上の高齢者の方々の所在確認と云うことで
 お伺いいたしました・・。」

  なんとも不躾というか、型通りというか、
 いやぁ真面目な公務員らしい態度と云うか
 青木女史は続けた。
 「先日のお電話では、高木・・静さん・・は今年110歳を迎えられるそうですが
 ご在宅ではない・・とお聞きいたしまして、直接伺って・・。」

  言葉をひとつひとつ理解するように、上品な白髪の老婆は
 頷きながら青木女史の矢次早の言葉を聴いていた。
 そしてゆっくりと口を開いた。

  「母は明治の女でした_。
 そういう云いかたが、正しいのかわかりませんけど・・。
 母は元気な人でしたから・・。
 90歳の卒寿のお誕生日のお祝いを・・家族でしたんですよ。
 もう20年も前に。

  そこで母は。
 私たちに・・ええ私達・・夫婦・・妹夫婦・・孫夫婦
 そして曾孫もいました。
 感謝の言葉を述べたんです_。

 “ありがとう”って。

  そこで私たちに云ったんですよ。
 つれあい・・つまり・・私の父ですが・・主人を亡くし
 孫の成長も見ることが出来た。
 しかも曾孫の元気な姿まで見ることが出来て幸せだ_。と。

  そして、これまで元気で来れたのは私達娘夫婦のお蔭だ、と。
 と、同時に、十分に生を全うした_。と感じたそうです。
 母が言うには・・ですけど。」








「昔、府中の伯母さまも言ってたのね。
二人目の子どもがお腹にいるとき、最初の子どもと違って
なにかとても体調が悪くて。
産婦人科に入院する前に、遺書を用意して。
銀行の通帳はここにあって。
もしものとき連絡して欲しい友人達の住所録を作って。」

「ごめんなさい、関係ない話をして。
でもね。
そういう「覚悟」を持ってた人たちなんですよね。
明治の女・・というのは。
府中の叔母様も・・長生きされて。
やはり卒寿を迎えて、罹りつけのお医者様にだけ云ったのね。

十分に生を全うしたと。感じたそうですわ。
之以上、生きている必要は無い、と考えたそぅです。
もし之以上。生きていて。
もし息子夫婦の世話になることになったら。
と考えたそうですわ。」

「それは、叔母の生き様であり、死生観であり、延命治療の辞退であり
翌日からの<絶食>の宣言で。
翌日から、叔母は自分の部屋に閉じこもり、食事を取らなくなった。
他のものが部屋に入るのも禁じて。
そして。

<絶食>の宣言から二ヶ月が経って。
主治医の先生は叔母の死亡診断を行ない
見事なまでの、その尊い崇高さすら感じる遺体を前に
「老衰」と診断して。
ご家族を前に「誠に天晴れな老衰」と敬意を表したといいます。」

「母もそのことが念頭にあったんじゃないか、と思います。
母は卒寿を迎えた翌日に、旅に出ました。
一言「さがしてくれるな」と、書き置きを残して_。
だから、私たちは停めもせず、それは母の選んだ人間の尊厳。
終局を間近に迎えた人間の「覚悟」
まるで死に場所を選ぶように。
母は、旅に出たのです。」

「母に比べれば、私などは「覚悟」が出来ずにいるのかもしれません」

なんとも、人間の死生観というか、尊厳というか。
深い話をされて、私は感慨に浸っていたが青木女史は
せっせと仕事を片付けていった。

「おかあさまの年金の不正受給とかしてませんよね?」

上品な五月さんは、流石に慇懃無礼極まる青木女史の
仕事ぶりに苛立ちを感じたようで。
顔を紅潮させて_。

「年金については勿論受け取っています。
母が必要なときにおろせるように。
勿論、母が通帳を持っています。
ここにはありません。」
と、いきり立った。

私は丁寧に侘びをいれ、青木女史と高木邸から失礼して。
私はそのまま上司に電話で報告した。
年金関連の難しい事態については上役に任せたほうがよかろう、と。

しかしとにかく「高木静」さんは、娘さん宅には同居しては居らず
20年前にどこかに旅立ったのを期に消息不明。これは事実なのだろう。

「上品ぶっても絶対に年金の不正受給のパターンですよ!」

狭い軽自動車の車内で青木女史の怒りの篭った
独り言には耳を貸さず、ふと思った。

死生観_。
つまりは自らの生と死についての考え方。
なんとも「崇高さ」をもった話を聞かされて
しかしなんとも「自由」さをもった話でもあって。

「自由」_。

意思の疎通もままならなくなり、激痛と闘い続け
そして、逝った私の母親に比べれば_。
自らの選択肢として「死」があるということは
私には、それも「自由」である気がした。
例えば。毎日毎日、激痛に苛まれ続けて医師に「殺してくれ」と
せがむ年寄りは現行法上「殺してくれ」ない。
延命療法を「断った」としても「殺してくれ」はしない。
それに比べれば「自由」なのかもしれない。

ネチネチとしつこく苛立ちを隠さない青木女史は出張所まで
文句を言い続けていた。




     
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