Tomita / Debussy: "The Engulfed Cathedral"



田圃の稲も蒼蒼と育って、畑のなすびも十分に育って、胡瓜の実も長く出来てさ。
そのころになると夏祭りだといって林の祠の八坂の神様をお御輿で村の隅々までお連れしてさ。
悪い病気や災厄が起こりませんように、とお願いするさ。
若い威勢のいい男供が褌一丁で担ぎ上げる御輿はさ。
そりゃぁこんな貧乏な村の粗末な樽御輿だけどさ。
なかなか迫力があってさ、いいもんだよね。
とぅちゃんから御輿を担ぎ上げるときの尻の肉付きをよく見て
男を選びな、そんなこといわれてたよ。
だが子どもは担いじゃいけない。危ないから。
だから子どもは御神輿の前を露を払ってまわる。
それだけでも十分楽しかったんだがな。
でもお楽しみはそれだけじゃなかった。
いつもこの時期に傀儡子の一座がやってくるんだ。
御神輿が村を回り終えて祠の前に戻ってさ。
八坂の神様が祠に戻られるとさ。
余興が始まる。
御輿を担ぎ終えてさ、酒だ、料理だの後には男子どもは女を連れて早々に居なくなっちまう。
すると残された子どもたちが、余り物の料理やら中には酒まで舐めながら
余興が始まるのを楽しみにして待っているとさ。
祠の周りにたいまつに火を灯してさ。
心待ちにしていた傀儡子の舞台が始まるんだ。



どどどどどどどどどどどどどど。

林に太鼓の音がおどろおどろしく鳴り響くと、次には笛の音が妖しく奏でられてさ。
子供心にはそれが怖くてさ。でも楽しみで仕方がない。
演題は昔からずっと同じ。
「桃太郎」
皆知ってる、あの話さ。

でも子どもたちはとても楽しみにしてた。
ほかに楽しみごとも少なかったからな。
眼を輝かせて小さな舞台を見入っていたものさ。

`むかしむかしあるところに・・おじいさんとおばあさんが居りましたぁ。`

あぁ、はじまった。
すると白い顎髭を生やしたおじいさんの人形と白髪のおばあさんの人形が現れる。
手首や肘には吊りひもが付けられ恐らくは上から引いているのだろうが
この人形がよく動くこと。まるで生きているようにね。
もう子どもたちの眼はこの人形たちに釘付け。
さっきまで泣いてた赤子まで、おおっと目を見張るぐらい。

やがて川に洗濯をしにきたおばあさんが大きな桃が流れてくるのを見つける。
どんぶらこ、どんぶらこ

子どもたちも一緒になってどんぶらこ、どんぶらこと調子を合わせていうものだから。
ちょっとした笑いが沸き上がってさ。
そして桃の中から桃太郎が生まれ出ると。子どもながらに「待ってました!」と声がかかる。
演じている方もうれしんだろな、声が上擦っていたものな。

ちょっとした幕間の間に生まれたばかりだった桃太郎は少年に成長して
その絢爛たる衣装には驚いたな。
そしてその生々しいまで人形の出来に
おばあさんに吉備団子を貰って、鬼退治にむかう!という場面では
男の子たちは興奮して立ち上がって喜んだ。
そして犬や猿や雉のお供を連れて鬼ヶ島に渡ると・・・・
赤子はあまりの恐ろしさに泣くのすら忘れ、女の子たちは叫び、男の子たちも立ちすくんだ。
舞台に現れた大きな鬼の人形が、あんまりに大きくて本物のようだったから。



桃太郎の人形の二倍や三倍はある恐ろしい顔をした真っ黒な鬼の人形。
頭から突き出た大きな角が一本。
その大きな鬼が「小癪な桃太郎め、とって食らうてやるわい!」と濁声で話すと
夏の蒸し暑さも引いてしまうほど恐ろしかった。
だが桃太郎はお供の雉や猿、そして犬を指揮して素早く動きまわると
大鬼の足下に攻めかかりついには舞台の上にその巨体を倒してしまった。

どどどどどどどど

太鼓が鳴り響き子どもたちを煽り立てる。
「もう悪いことはいたしません。その証拠にこの金銀財宝をお持ちください・・」
観念した大鬼はそのまま舞台の袖に引き下がり、桃太郎一行は勝利の雄叫びを上げると
子どもたちの歓声が林の中に響いた。

そして短い囃子が流れて・・おひらき。

子どもたちは家路につく。

これがいつもの夏祭りの余興。
傀儡子たちは夜のうちに舞台を片づけて行ってしまう。
ところが翌朝子守をしてた佳代ちゃが酷く怒られていた。
子守していた赤子・・佳代ちゃの弟が知らぬ間に居なくなっちまったからだ。
人攫いか、猿にでも連れ去られたか、それとも狼に・・。
二日間山狩りをしたが結局見つからなかった。







   
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