Tomita / Debussy: "Prelude to the Afternoon of a Faun"




 その年も夏祭りの季節がやってきた。
だが私は子どもではなかった。いや実際大人というわけでもなかったが
同い年の美代ちゃが夏祭りの夜に太一さと契って、結婚、こないだ赤子が生まれて・・
となると、うちの親もさっさと八坂の神様の御神輿担ぐいい尻した男ぉ見つけて契らねばな、と
言い出す始末。
 そりゃぁ八坂の神様が引きあわせたんだろうからよ、いい夫婦だとおもうよ。
さすがに美代ちゃの赤ちゃんだから、とても可愛いよな。
でも私はまだ、そこまで考えが及ばなかった。
だって契るっていえば、婆さまがいう「まぐわひ」のことだろ。
そんないやらしいことをさ、考えるのもいやだったから。
それに最初は死ぬほど痛いっていうじゃないか。
そんなのいやだ。
婆さまは「皆年頃になれば、しよることだからさ」というけどさ。

 そんなことを考えながら御神輿について回っていたんだ。
そしたら幼なじみの茂作が御神輿担いでいてさ。
暫く意識もしてなかったけどさ、随分逞しくなってた。
足といい、尻といい、ありゃぁいい働き手になる・・だろうって
正直思ったよ。そしたら茂作も私んことをずっと見ていてさ。
昼の休憩の時にさ、御神輿を仕舞ったら、祠の裏で逢おうってさ。

 そして御神輿が戻って八坂の神様を祠にお戻りいただいてさ。
酒だ、料理だと直来が賑わって。でもすぐに男たち女たちは茂みに散っていって。
私は茂作ん云うとおり祠の裏で待っていると、茂作が来た。
それで西側の茂みに連れて行かれて、二人で夕陽を見ていたら
茂作が「ずっと好きだったから」って私を抱きしめるんでびっくりして横に身体をかわしてしまった。
そしたら茂作が「いやがるなよ」とかいいながら私の上にのしかかろうとするから。
酒臭い息がたまらなく気持ち悪くて。
「あんたのこと嫌いじゃないよ。でもね、ちがうんだよ、そういうことじゃないんだよ!」
って茂作の身体を押しのけて逃げ出したんだ。
茂作は怒って「おまえはまだまだねんねよな!」と叫んでるし。


だって。


だって。


でも行く場所なんかないじゃないか。
ウチに帰れば親になんか云われそうな気がしたしさ。
夏祭りの夜だってのにさ・・行くところがないんだ。寂しいじゃないか。



そのとき太鼓の音がしたさ。
どどどどどどどど
傀儡子の舞台がはじまる合図だ。
私は子どもたちに紛れて「桃太郎」の舞台を見ることにした。

`むかしむかしあるところに・・おじいさんとおばあさんが居りましたぁ。`
子どもたちの歓声があがる。
`どんぶらこ、どんぶらこ`
子どもたちが拍子をとる。
`いざ行かん、鬼退治に!`
男の子たちの興奮した歓声があがる。

毎年、毎年、同じ演目で。
しかし毎年、毎年、違う新しい人形で。
だんだん迫力が出てくるんだよ。人形に。
そして・・今年も・・子どもたちの絶叫に包まれて新しい大きな鬼の人形が出てくる。
あぁ、なんと大きく、なんと恐ろしい形相よ。
さぞ大きな虎を殺したのであろう虎柄の腰衣。
大きく張り出した肩に太い首。
そして頭の上から天に届かんばかりに突き出した大きな角。

ますます技巧に磨きが掛かったのか、今年の人形は私の方を見やると
なんと舌なめずりして見せた。
「国中の財宝という財宝、食い物という食い物、生娘という生娘を食らいつくしてくれる!」
と凄むと子供たちの中には泣き出す子どももいたが、次の場面では桃太郎たちの活躍で
巨大な黒い鬼は舞台に倒れ込んだ。

どどどどどどどど

太鼓が鳴り響き子どもたちを煽り立てる。
「もう悪いことはいたしません。その証拠にこの金銀財宝をお持ちください・・」
観念した大鬼はそのまま舞台の袖に引き下がり、桃太郎一行は勝利の雄叫びを上げると
子どもたちの歓声が林の中に響いた。

そして短い囃子が流れて・・おひらき。


子どもたちは家路につく。
これがいつもの夏祭りの余興。
あぁ祭りの後の寂しさがこみ上げると思うと
帰り道に茂作が待ちかまえていたらどうしよう、と考え始めた。
力づくで迫ってきたらとても適う相手じゃない。
しかしあんなことの後だ。茂作は_やるき満々だろう。
そう思うと怖くなった。



傀儡子たちは夜のうちに舞台を片づけて行ってしまう。

子どもたちの多くが引き上げると傀儡子たちは手際よく舞台を分解し
祠の横に停めた幌付きの馬車に片づけていった。
私は馬車の陰に隠れていた。
出来れば途中まで乗せてくれはしまいか、そんな考えだった。
祠の辺りを明々と照らしていた松明も消されてゆき,とうとう馬車の辺り
以外は真っ暗になった。
すると傀儡子たちは夜食の準備を始めたようだ。
焚き火に鍋をかけて。
湯を沸かして。
トントントンとこぎみよく具材を斬って。
鍋に放り込む。
ぐつぐつぐつぐつと煮込む。
「ここいらあたりの子どもたちは相変わらず元気がいいよな。」
「そうだねぇ。まぁ田舎の子どもたちだからな。
年にいちどのお祭りで楽しみにしてくれてるからな。」
「しかし今年は良さげな赤子は居らなんだな。」
「そうさな。いつぞやの赤子はよかったなぁ。ありゃ・・よかった。」
「まったく・・いやまったく。」

そんな会話を物陰で聞きながら、ふと思い出したのだ。

佳代ちゃが子守していた弟が知らぬ間に居なくなっちまった・・
あのことを・・。

「そういやぁ、まーたほら奥村の翁が赤ん坊を世話してくれぃ云うてよ。」
「あの腰の曲がった爺、赤ん坊なんかいまさらいらないだろうにな。」
「なんでも婆さんにせがまれてるらしいんだがな。」
「・・そりゃぁ爺も婆も立ちもしなきゃぁ、女もとっくに終わってんだろうよ。
だからってまだ赤ん坊欲しがるかね。よその子どもなんて。」

他人の話なんて鵜呑みにするもんじゃない。
けど物陰でこんな話を聞けば、佳代ちゃの弟はこの傀儡子たちが。
どこかに連れて行ってしまった・・って。
そう言う風に聞こえるじゃないか。
佳代ちゃ、あれから一睡も出来なくなってさ挙げ句の果てに病で倒れてさ。
でも厳しいうちだから追い出されてさ。いまじゃ尼寺で住まわせて貰ってる。
それでも思い出すと夜中に飛び起きて眠れなくて眠れなくてって。
痩せて窶れて。
その有様ってのは可哀相なもんだ。

「しっかしさぁ。こどもの人形さ。ヘタってないか。ここんとこ使い回してるからな。」
「どうも関節の辺りが動きが悪いからなぁ。右側だろ、右側。」
「そうだそうだ右側が妙に硬いんだよなぁ。まぁ後で見ておくよ。」
「いやぁありゃぁ生まれもってのものじゃないのかね、新しく作った方が返って手間いらずかもな。」
「そうだなぁ。確かにそうだなぁ。あの人形・・ここいらの子だよ。」
「あぁ・・そうだった、そうだった。ここいらの村の子だったな。」

私は聞き耳を立てたままこの蒸し暑い林の中で震えていた。
この傀儡子たちは子どもを浚って人形にしている!
それじゃ浚われた子供は死んじまってるってことなのかい!

祠の奥のでっかい楠木の葉がざわざわとなって、風が吹いた。
味噌を入れたのか香ばしい臭いが立ちこめて
「おーい、汁が出来たぞ。飯にしよう。」
すると馬車の幌の中から濁声がする。
「あぁ。腹が減った・・」
馬車が大きく揺れて大きな影が地面に広がるのがみえた。
その影の頭の上には大きな角が・・。
「ご苦労さん、ご苦労さん、あんたの御陰で今夜も大盛況さ。」
「なぁに、こんな片田舎だからな。あんなもんだろな。」
濁声はそういうと、鼻を鳴らして辺りを伺っているようだった。
「さっきから気になっているんだがな。生娘の匂いがするんだよな。」
私は冷や汗すら凍り付くほど驚いて立ちすくんじまった。
「え?」
傀儡子たちが見回しているようだ。
「ぷんぷん匂うぜ。汚れを知らない無垢な生娘の匂いだ。」
私は馬車の下に隠れたがすぐに見つかっちまった。
黒い太い腕でつかまれて、引きずり出されて、焚き火の横に放られて。
そのとき焚き火越しに見たんだ。
黒く大きな角を生やした大きな鬼の姿を・・。
傀儡子たちは笑っていった。
「なんだ人形だと思っていたのか?」
「正真正銘の鬼だよ、このお方は。あの鬼ヶ島からこられた・・・」
私は動転してでも腰が立たないし、声すら出ない。
どうりで生々しいはずだよ・・。
思えば手首や肘や肩に吊りひもがなかった・・。
だって人形でもなんでもない・・本物だから・・そんなひも必要ない!
鬼は私の胸ぐらをつかむとグいと持ち上げてさ。
「見られたからには仕方ない。」
って濁声で云うものだから。
あぁこのまま食い殺されちまうんだ・・と思うと涙が出てきた。



「まぁ、生娘は後にして先に飯でも食おうよ。」
私は後ろ手に縛られ転がされた。
傀儡子たちは汁を器に注ぎ、握り飯を頬張った。
鬼もどっかりと座り込み飯を食いはじめた。
品が無くズルズルと音を立てて汁椀を喉に流し込む。

「うまい汁だ。」
「あぁ粋のいい子どもの生き肝の汁だからな。」

その言葉を来たときさすがに耐えきれなくなった。
しかし身動きできず、恐ろしさのあまり声も出せず、気を失うだけだった。
このまま起きることなくこの鬼に食い殺されてしまうのだろう。







 
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