インフォームド・コンセント



John Carpenter -
John Carpenter's Prince Of Darkness - Opening Titles


「ひとつの体に二つ以上の人格が存在する・・と云う事例もあるのです。
その症例は海外だけでなく僅かながら我が国でも報告されています。
解離性同一性障害、一般には多重人格と云われています。
あぁ、「イヴの3つの顔」と云う映画で有名になりましたけど。
すべて映画上のフィクションというわけではないのです。
あの映画はともかく、原作となった小説があるのですが精神科学会では一般に
イヴ・ケースとして有名な話でして。
そういったことは稀とはいえ、無くはないのです。
一般には人格の交代は本人・・当人間と云った方がいいかもしれませんが・・
彼ら自身では制御できないようで、意志に反して切り替わるようです。
観察の結果人格の切り替わるときには眠りに落ちるような素振りがあり
そのときを境に人格が変わる・・ことを確認しています。」


「ということは、君は娘の体の中に君の数えた18、いや、それ以上の人格が存在するとい
うこと云いたいわけだな。」


「はい。それぞれの人格は、現れると次に現れる間・・。
つまり他の人格が表に出ている間の記憶がないのです。
ですから本人は多重人格であることを認識しているかは、不明です。
その時に現れる人格がどの人格なのか・・は決まっていませんし。
日に何度も現れる人格もあれば、数日に一回現れる人格もあります。
その人格は性別、年齢、性格などまったくと云っていいほど特定することができません。
しかし人格によっては性的なもしくは体形的な違和感を強く感じていて
とても強いフラストレーションを感じているようです。」


「どういうことかね?私には、とても理解できない。」


「例えば男性の人格が目覚めると、体形の違いに酷く恐れます。
まぁ目覚めたら、女性の体になっていた・・というわけですから。
想像も難くありません。
さらに時代的な違いにうろたえる人格も居ます。」

「というと・・。」

「古いものですと昔ながらの”やまとことば”を話す人格もいます。
”なかひら”と名乗る公家の警備をしていた武官の人格・・録音していたテープを
古文書の専門家に訳してもらったものがこちらになります_。
ことばの抑揚などからも変化があり、地方的な言葉・・、例えば。
方言の亜種のようなものも感じ取れるそうで、特定は出来ないですけれども
東北から北陸にかけての雪深い地方の言葉のニュアンスを感じ取れるそうですが。
時代としては平安末期ごろの言葉ではないか、と仰られています。」

「そんな古い時代の地方の言葉をなんで娘が知っているんだ、私には理解できない。
しかも・・駄目だ。頭の中の整理がつかない。」

「お察しします。休憩しましょうか。」

「いや構わない、続けてくれ。」

「ここまでの説明を整理します。
娘さんの体には複数の人格が存在しています。
それらの人格は時代も性別も年齢も関係なく娘さんの心の中に存在しています。
それらの人格は互いの人格が存在するかどうか・・。
おそらくほとんどの人格は解っていません。」


「だが。
これは妻の云うように狐憑きのようなものなのではないのかね?
古代からの怨霊のようなものが、娘に憑りついて・・。
あの娘の豹変ぶりには、寧ろそういったものの存在の方が説明がつくような気がして。
秘密裡にだが、この屋敷に神官や僧侶や拝み屋などを読んで除霊の祈祷をこれまでも
何度もしてもらった。・・あぁ父がそちらの方では権威なものでね。」

「そのときの模様を奥様にお聴きしております。
録音テープと共にお預けいただいております。
当時の状況から察するに現場に居られた皆様全員が重度のストレス障害の上、集団ヒステリーを
引き起こした、と想像するに難くない状態にあった、と云えます。
以前はそういった事で・・つまり御祈祷などで済ますことができたのかもしれません。
しかし現代の医学ではこうした過去の因習の中に埋もれてきた病理をも
発見解明する段階にまで辿りつけたのです。
秋にはオリンピックが開かれる現代日本で、古代からの怨霊が憑りついてなどとは。
なかなか考えにくい。」



「なるほど。
いや確かにそう科学的に切り捨ててもらった方が、気分は楽になったよ。
それで、娘の治療なのだが、方法はあるのかね、有効な方法は。」


「ひとつひとつの人格と向き合いながらじっくりと話をしながら”統合”してゆくほかないと思
います。
時間は掛かりますがそれ以外の方法はありません。
ひとつひとつの人格は娘さんのなんらかの体験が元になっていることが多いと
云われています。
その体験がトラウマとなり、そのショックを事後肯定するために封印してしまうと
いったことが原因となって人格が派生するケースが多い、ということです。
ですから極端な人格を生み出すことも多くあります。粗暴であったり、残酷であったり。
かといえば引っ込み思案であったり・・。
つまり問題の解決のためにはそのトラウマを取り除いてあげる必要があります。
申し訳ございません、単刀直入に言わせていただきます。
千恵子さんに虐待的な行為を行なったことがございませんか?」

「なに!?」

「多くの事例で多重人格になった者が幼少の頃に体罰的、精神的もしくは性的な虐待を受けているケースが多いのです。」

「馬鹿なっ!わが娘に一度たりとも手など上げたことなどないわ!」

「すいません、率直に・・いいえ、聴き方が率直すぎました。
しかし原因を特定しなければ娘さんの回復は望めません。」
「いや私の方こそ声を荒げてしまって、申し訳ない。
それでは人格の”統合”といった治療しかないのだな。」

「はい。現段階の医療の世界ではその方法しかありません。」

「それでは・・なぜ、娘に大量の薬物を投与して睡眠状態を続けさせるのかね。」

「ひとつひとつの人格が交互に入れ替わっている状態で、それぞれの人格はいずれ眠ってしまう
のですが、千恵子さんの体は放っておくとそれらの人格によって24時間起こされかねないのです。
実際、観察の間私の不注意でしたが、彼女の体は48時間以上眠らなかったのです。
ですから彼女の体を守るうえで睡眠を強制的にでもとってもらう必要が出てきたのです。」

「なるほど。」

しかしいちばん問題なのは、千恵子さん以外の人格の全てが、
なぜか千恵子さんを殺そうとしていることです
。」







録音日時1964年7月23日 18:00~19:12
テープ#19
書斎にて。千恵子の症状について説明を受ける。
京浜医科大 精神科 橋田孝雄 助教授 













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