セカンド・オピニオン



ENNIO MORRICONE - The Thing Complete Score-End/Credits


「なるほどあの”藪医者センセイ”そんなことを云ってましたか。
確かに解離性同一性障害、一般に言う多重人格という症例はあります。
しかし娘さん・・千恵子さんの症例は甚だ極端に違う例がある・・ということです。

平安時代の女人をとって喰らった鬼に復讐を画策する武者であるとか
子どもを人形にされた若い女であるとか、山の神さまに御祈祷をささげた神官であるとか。
確かに藪医者センセイの仰る通りです。
例えば、私が関わったこの数カ月のなかで私がいちばん会うことが
できたのは”ジロさ”であり、”ちえちゃん”でした。
”ジロさ”というのは中村に住む還暦過ぎのおじいさんで、そこで起きた疫病禍から
患者たちを閉じ込めた豚舎に火を放った虐殺者ですが、人としては決して悪い人
ではないのですが。寧ろ彼をそこまで追い込んだ状況が彼もしくは他の人格・・
例えば”呉作”さんたちの話を聞いてみても・・
あまりにひどい状況だったらしいことが窺えました。
やむにやまれずに手を下さずにいられなかった惨状を”ジロさ”本人の人格は語っていました。
しかしこの本当にあったかのように語られる「事件」が、他の人格と共有しているあたりが
千恵子さんのケースの特殊なところで、私が確認するだけでも”ジロさ”の他
6人の人格がこの「事件」を共有しているのです。
 特に「タロさ」という「ジロさ」の兄に当たる人格は弟を”虐殺者””人でなし”と
貶し叫び...つまり加害者と被害者が千恵子さんの体の中で同居しているというのも・・
特殊なケースではあります。

 そしていちばん厄介なのは”ちえちゃん”です。
7歳のおんなのこである”ちえちゃん”の人格は”千恵子さん”の姉であること
を主張し、妹を事あるごとに虐めるのです。こどものようなあどけない表情を浮かべ
ながら、千恵子さんの皮膚を掻き毟ってみたり、枕に顔を押し付けてみたり・・
まるで凶行としかいえない・・動きを千恵子さんの体で行なっています、
まるで幼子が人形で遊ぶように。残虐に。

 そのため千恵子さんの体を守るために睡眠剤を投与することにしたのは
橋田センセイのグッドアイデアだとは思います。
 千恵子さんの体は次々に違う人格によって起こされてしまううえ、
凶暴な”ちぃちゃん”のような人格に傷付けられてしまう。
といったようなことが・・これは一例ではありますが。

 しかし大変興味深いのは。
その人格の全てがひとつの方向性を示している。
なぜ別々な時代の、別々な人格がお嬢さん・・千恵子さんを殺そうとしているのか。
”彼ら”の目的がなぜひとつに集約されていくのか。
なんら関連なさそうな”人格”たちがその点でなぜか一致する。

 ”彼ら”の意志はいくつかの点で、同じ”境遇”を共有している。
 例えば_・・・。
 長くなりますがよろしいですか?」

「あぁ、続けてくれ。」

「ほぼすべての人格が雪深い地方の”人”たちであることがわかりました。
皆一応に長い寒い冬の辛さを訴えています。そしてその言葉は・・」

「東北から北陸にかけての言葉・・」

「えぇ、そのとおり。
そして”彼ら”の話を詳らかに聴いてゆくとひとつの地理的な同一性を見出すことが出来ます。
つまり”彼ら”はある山の麓の村に住んでいて、同じ風景を見ているのです。
勿論、”彼ら”が住んでいる場所はバラバラですが、彼らの言葉で語られる地名が重なるのです。」

「平安時代の武者の”人格”が女人を攫ったという公家屋敷は或る川の流域にあり、
そこから上流に逃げたといい、別な時代の桃太郎の人形劇に本物の鬼が出てきたと語る
若い女性の”人格”は具体的に”下村”という地名をあげています。
さらにその下村は街道筋に通じていると。」

「川を遡ります。下村から山を登ってゆくと”中村”という地名を出す”人格”が
多数出てきます。例えば「ジロさ」という”人格”や「お吉」という”人格”が語る
にはここではかつて疫病が蔓延しそれに連れて大量虐殺のようなことがあったことなど
の話が、辻褄が合うあわないは別として実に生々しく語られており・・失礼。
地理の話に戻しましょう。
 更に川を遡ると”上村”という村があり、ここは大変排他的な人たちが住んでいたようで
先の平安時代の武者の人格の語るには嘗て海を越えてきたような趣きの異なった人たちの
棲む集落の末裔ではなかったのか_と推察されます。
そのほか桃太郎を騙った猟奇殺人鬼の話とか人形遣いの話とかなんとも恐ろしい話が多いの
ですが、その多くはひとつの地方の地理に大きく関わっているのです。
彼ら”人格”の話を細かく聴き直し、方言と地理情報を結び合わせて突き止めました。
その地方とは_。」





「話しの腰を折るつもりはないのだが、君に話しておきたいことがある。」

「はい?」

「実は千恵子は私の娘ではない。
失礼。千恵子は私たち夫婦の娘ではない。
いやこれは戸籍的な話ではない。むしろ生物学的な話だが。
あの子は12年前に我が家に迎えた子どもなのだ。
子宝に恵まれなかった私たち夫婦に、父の勧めもあって養子を迎えることにした。
それがあの千恵子なのだ。
私たちはあの子に限りない愛情を捧げてきたつもりだ。
そしてあの子も私たちに愛情を振りまいてくれた。
社会的な立場や物見高い世間の目もあるのでこのことはずっと黙ってきたが
実は・・そういうことなのだ。
そしてあの子は我が家に来る前は或る山村で暮らしていた娘だ。
その村が大きな雪崩に襲われて村は全滅、生き残りは千恵子だけだったそうだ。
最初は言葉も話せないほどの恐怖体験を味わったらしくて
雪崩事故以前の記憶が無くなってしまったそうだ。
千恵子が住んでいた村と云うのが・・」

「北神嶽山麓の中村ではないですか?」

「あぁ・・そのとおりだ。」

「千恵子さんの出生にかかわる何かあると思いませんか?」

「あぁ。だが・・いったいなにがあるというのか。
あの子が幼少の頃に誰かに何かをされたというのか?」

「わかりません。それもあるかもしれません。・・ないかもしれません。
ただ千恵子さんの体の中に存在している”人格”たちは、同じ地理的な境遇を共有しています。
しかもそれらは”実在”している・・・ここが他のケースとは全く異なっている点です。
そして私の考え・・・ですが。

千恵子さんの場合、解離性同一性障害というよりはなにか心的外傷のようなもの
で忘れてしまう以外に正当化できなかったものが。それがなにかの切っ掛けで記憶が戻り
その余りの強烈さに多くの人格に”分裂”してしまったのではないか、と。
雪崩事故の衝撃をなんらかの原因で蘇った・・ですから・・
原因を解き明かせば千恵子さんの人格は徐々に統合してゆくと・・考えています。」

「つまり・・キミは現地での調査が必要だ、と云っているのかね?」
「はい。」

「例えば・・千恵子さんが幼少の頃に聞いた話がトラウマになって残っていた・・。
トラウマと云うのはフロイトが云うところの心的外傷のことですが・・
鬱積された重度のストレスが一気に爆発してたくさんの人格を生んでしまった、と。
彼女の中の”人格”たちが語る話には必ず根拠があります。
”彼ら”の話す多種多様な事件だけでも十分にトラウマになるだけの迫力と陰惨さがあります。
それを詳らかにしてゆけば・・。」

「それを明らかにして・・どうなるのかね。」

「いわば悲しみを晒すことによって、心をいやすのです。
避けてきた事柄と敢えて向き合うことによって徐々に慣れてゆく・・CBT・・
つまり認知行動療法といいますが_。」

「それ以外に方法はないという点ではあの藪医者と変わらないのだな。」

「ええ。しかし闇雲にインタビューを続けるよりも原因を特定しやすいと思います・・が。」


「では、明日にでも発ってくれないか。経費は勿論全額払う。」

「え?明日ですか?」

「今晩のうちでも構わない。」

「解りました。明日の朝発ちます。今夜は千恵子さんとお話できれば_。」

「キミだけが頼りだ。」

 
テープ#20
1964年7月23日18:00 ~ 18:30
書斎にて。千恵子の症状について説明を受ける。
医学博士 冴羽詩織 









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