Tōru Takemitsu - Rain Spell [w/ score]


床の間の床下には人間の死体がふたつ埋まっている。

あの日から老女は床の間に住み着いた。
連日連夜、とうちゃんは老女に嫌みを云われ続けた。
そしてあの日、僕はとおちゃんを殴りつけた。




酒に酔った老女はじいちゃんといつものように口論となった。
「貴様のような鬼畜な女ぁ、わしが殺してやる!」
修羅場のような日々の連続で、僕はもうそんな光景が日常茶飯事になっていたので
平気だった。
だがその夜はじいちゃんが鉈を持ち出したので、とおちゃんが止めに入った。
「やはりおまえら一族は人殺しの血筋なんだな!」
老女が冷ややかに云うとじいちゃんはぷいと向こうを見て煙草に火をつけた。
とおちゃんは鉈を片づけて僕を納戸に連れて行こうとした。

「ところで森下ん嫁ん肌はえかったかい?」

老女の言葉にとおちゃんは無言のまま振り返った。
「なんの話かい?」
「ハハハハ。誰でも知ってる話だろうが!森下ん後家と仲良くしてるだろうが。
夜はここでかあちゃんを可愛がって、昼は森下ん後家を抱いて、いそがしいわなぁ」
「なにをバカなことを!」とおちゃんの狼狽えぶりは明らかだった。
かあちゃんが泣きながら家を飛び出していった。
「あちこちで女ぁ抱いて、おまけに人まで殺しちまうんだからなぁ、
戦争じゃさぞ英雄だったろうよ!」
そして僕の方に向き直った老女はニヤリと笑った。
「だから坊ちゃんも良い素質に恵まれてるだろうよ。
おまいの家系は人殺しに向いた家系なんだよ。
だが時代が悪かったねぇ、戦時中ならよかったのにね。
いまの時代じゃぁ、単なる人殺し。
犯罪者だよぅ」



「どうして僕らを虐めるんだ、どうすれば許してくれるんだ!」

老女は舌打ちした。
「いじめてやしないさ。
わたしはね。この男に身内を殺されてんだよ。
本来なら警察に連れて行かれて、刑務所に入るんだよ!
だがね、あすこにはいれば自分だけじゃない、家族も周囲も不幸になるんだよ。
だから助けて上げてるんじゃないか!
本当ならね、死んで貰いたいよ!
だけど人なんか殺せやしないからね、わたしは!
だから・・そうさねぇ・・殺してくれないかぇ?
わたしん代わりに!
この男を!」
老女は指を指した。とおちゃんに。
「人殺しの息子のおまいならできるだろ!?
いいや、出来るハズさ!
だって人殺しの息子なんだからね!」
老女はケラケラと笑った。
「早く殺して誰も知らないところに埋めちまわないと、おまいが迷惑するんだよ。
一生、何処に行っても人殺しの息子だと罵られて、後ろ指刺されて
世間の端っこをこそこそ隠れて生きて行かなきゃならなくなるよ!
ひかりごうの運転手だって?
ちゃんちゃらおかしいねぇ。
こんなやつの御陰でおまいの人生台無しさ!
こそこそ他に女を作って・・戦後随分たってるだろうに。
昔からこそこそ・・おまいさんの生まれる前から、犯して。
不義密通を重ね重ねてさぁ。
さぞまぐわひが上手らしいよねぇ。
おまいの兄弟も知らないところに生まれる前に死なしてしまってるだろうよ。
えぇ?ふたりか?三人か?
そんな男よ、おまいの父親は!
さぁ。
目を覚まさしてやりな!
ほら、ひっぱたいてやりな!
さぁ!」

次から次に毒づく老女の声が頭のなかで反復した。
かあちゃんを裏切ったとおちゃんが・・許せなかった。
しかしそんなこと、この鬼のような女の戯言だ・・ろ・・?
どうして反論しないんだ!
とおちゃん!
とおちゃん!
どういうこったぃ!
答えてくれよ!

ばかたれ!ふざけたことを云うんじゃねぇ!と。なぜ云ってくれない。

なぜ泣いてうずくまるんだ!

「ほら!この小汚い奴はおまいの父親なのか!?
ほら、ひっぱたいてやれ!
なぐってやれ!
おまいの人生を台無しにシかねない奴だぞ!」

どうして文句言わねえんだ!とおちゃん!
なんでだ!

紅潮した顔でけしかける老女、凍り付くように表情を変えないとおちゃん。

僕は叫んだ!


「とおちゃん、ごめんよ!」


僕はとおちゃんを殴った。

とおちゃんは鼻血を流して、しかし怒ることもなく力なく床を見つめていた。
「よくやったよ、さすが血筋だね・・」
老女はケラケラ笑っていた。
居たたまれなくなった僕は家から飛び出した。




翌朝、土間にとおちゃんの死骸が転がっていた。
自らの首筋を鉈で斬っていた。
「さぁさ。朝飯前にひと仕事だよ。床の間の下に埋めちまいな。
一回やったことだ、造作ないだろ。」
老女はさばさばと云った。
じいちゃんと僕はとおちゃんの遺体を床の間の下に埋めた。

「鬼なんていやしないさ。」
とおちゃんの言葉が思い出された。

いや、鬼はいる・・人の心の中に・・。
そしてこの女の中に鬼は居る・・。
老女はケラケラと笑っていた。







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