“ダブリ”の拝島さんが映画を撮るという話しはひとづてにすぐに広まっていった。
「おぅ、聞いたか?映画研究部の拝島さんがよ。映画に出してくれるってよォ!」
「なんじゃ?エイガだぁ?どうせ8ミリの素人映画だろうが!」
「けどよぉ、拝島さんっていやぁ・・断れないだろ?」
「ん・・まぁ・・な。」
喧嘩が強いという噂の拝島先輩の触れ込みは効果絶大で話の広まる早さは
凄いもので翌日には一年坊でも知っている、程だった。
「とにかくよぉ、拝島さん絡みじゃ後で揉めても嫌だしよぉ・・」
みたいな雰囲気もあって放課後、3年B組の教室に集合させられた。
教室は満員状態で溢れるほど、この拝島先輩というのは知られた男だった。
いや、なんとも1/3程が女子だったというのも不思議な世界だった。
なにせこの学校には女子は一割しかいないのだから・・・。
噎せ返る仄かな女子生徒の香に男共は、意外にもはしゃぐこともなく静かにしていた。
そこで拝島先輩が現われ、教壇に立った。
「映画研究部3年の拝島です。
ボクは・・いや、オレは・・ご存知のようにダブってますから4年です。
他人より多くこの学校に通うことになってますが、だからこそ、といいますか。
自分では、この青春のひとときを何か形に残したいな、と強く思います。
いえ、思いました。そこで、映画研究部に入りまして、いろいろ考えたんですが、
皆で映画を作ろうと思います。」



「簡単な粗筋は今から配るプリント見てください。アクション映画つくります。」
ガリ版刷りのプリント見ながらその大雑把さで大胆すぎるオオボラ加減に
苦笑するものもいたが、拝島さんに睨まれちゃぁ・・という怖さが
変な緊張感を与えていた。
「でも・・いつ撮るんですか?大会前の練習でいっぱいですよ。」
「学生の本分は勉学にあると思うので・・」
「文藝部ですけどなにか手伝えますか?」
「卓球部のPRになりますか?」

そこで拝島先輩声を上げた。
「いいかコレは映研も部活も文科系も体育会系もない。
オレ達の学年の。オレたちの世代の。英知を結集して作る一大事業なんだ!」
そりゃぁ拝島先輩にそこまで云われちゃぁ。
「この作品にはオレのすべてを注ぎ込むつもりだ。
だから、集まってくれた諸君も、是非、協力してほしい!」
集まった先輩方、二年生のオレら、一年の後輩たち・・。
すると男女比率9:1という似非共学の男子学生(ボンクラ)は、
唖然としながらも、拝島先輩の臆せぬ表情に、男を感じた。
となれば、あとは燃え上がるだけだ。

高校生特有の乗りだったのか。時代的なものだったのか。
はたまた我が母校がボンクラが集まっていただけのことなのか。
「マイコン部、お手伝いします。」
同じ組の彦根が手を挙げた。また地味な部活が手を挙げた、と思ったのだが。
すると「卓球部、PRしてくれれば協力します」。
部員難の卓球部の廣田が手を挙げて、失笑買ったが。
大所帯の野球部の主将堺が、「全員出してくれるなら協力しますよ。」と
手を挙げた。数分後には拝島先輩は拍手に包まれて、男泣きを見せた。

「ほいじゃ、わぃら練習がありますんで、決まったら声かけてください。」
柔道部の江成が、引きつり笑いを残して去ったのを最初に三々五々解散となった。
出遅れたオレは、男泣きの余韻の残る拝島先輩に捕まった。
「タカシよぉ、主役、オマエでいくからよォ。」
あ?マジすか?

この日から拝島先輩は監督になった。
そしてオレは・・。






  スネイク・ケイン

  かつて自衛隊特殊部隊に在籍、その後傭兵として各国を転戦。
 しかしテロリスト討伐作戦の最中に仲間を裏切り寝返る。
 国際的金融都市Senn-daiの仙台証券本社に債券強奪に侵入した際、
 仲間に裏切られ逮捕される。
 
 そしてTokyoPRISONに護送される。







 ♯シーン10 取調室


  死刑撤廃のため終身刑が確実なスネイク・ケインに刑務所長が取引を持ちかける。

  刑務所長「首相の娘を連れてきたら、逃がしてやる。」

  スネイク「ほぅ、いい話じゃないか。」

  刑務所長「ただし24時間以内にだ。」

  スネイク「まかせろ。」

  突然後ろにいた武装警官に後頭部を殴られ床に倒される。
  スネイク、金属製の首輪をつけられる。

  スネイク「なにしやがるんだ?!」
  
  刑務所長「その首輪は爆弾だ。24時間経つとボンっ!お前の頭は木っ端微塵だ。」

  スネイク「外せ!」

  刑務所長「孫悟空の頭のワッカみたいなもんだ。
       逃げようとしてもこれで逃げられんぞ。
       ワルを扱うにはこういう方法しかないだろ。
       合金製だから外すには首を切らなきゃならん。」

  スネイク「貴様!」

  刑務所長「娘を連れてこい。24時間以内に。そうしたら外してやる。」




  


  太田先輩はカメラマンだけでなく特撮監督でもあった。
 映画研究部に一年から所属して実質的に部長さんだった。
 太田先輩と友人達数人で30センチほどののロボットが
 暴れるモデルアニメーションを作っていた。
 モデルアニメーションというのは模型を1コマづつ少しづつ撮影して動かない
 モデルを動かすように見せる技法で、ガンダムの敵のロボット“ザク“のプラ
 モデルを元に改造されたものを動かしていたのだ。

  太田先輩たちの熱の篭りようと云うのは凄いもので、いちばん手近にできる
 「特撮」であるこのモデルアニメーションというものが、門外漢のオレやヤッさん
 も夢中にさせるもので。地味で退屈な作業を夢を語りながら進めていった。
 もちろん夢を語るには偉大なる存在が必要で、それがレイ・ハリーハウゼンという
 「神」であり、その存在をボンクラたちに再認識させた雑誌「月刊スターログ」
 だった。「月刊スターログ」という雑誌はそれまでおおっぴらに口に出来なかった
 「SF」とか「特撮」とか「SF映画」というジャンルについて、中高生のボンクラ
 たちに一種の「発言権」と「用語」を紹介した点で存在が大きかった。

  その愛読者は意外なほど広い層にいて、
 映画研究部の顧問の古典の大塚先生も愛読者の一人なのだという。
 つまり、スネイクをTokyoPRIZONに送り込む冷酷無比な刑務所長が、だ。

  映画研究部の顧問とかカメラマンの太田先輩とか、プラモデル好きの諸兄たち、
 写真部のヤツらが総動員されて作ったモデルアニメーションによる殺人ロボット。
 口の重い職人肌のような太田先輩は常々スターログのモデルアニメーションのページ
 を見るにつけ、レイ・ハリーハウゼンを「やっぱり特撮映画の神様だよな」とつぶや いた。そんな言葉を聴けば、やはり熱くなるオレとやっさんは目頭を熱くしていた。

  とにかく太田先輩は撮影するカメラも自前ではあるのだが、このモデル
 アニメーションを始め、合成とか多重露光とかいろいろなテクニックを自前
 の装置を工夫してこさえるというなんとも凄いひとで、頭がいいというかキレる男。

  そしてシングル8を選択したのは、スーパー8には出来ない、「未露光のフィルム
 を巻き戻せるから」であって、要するに合成を最初から意図して考えた映画作りを
 考えていた人で。更に写真部に出入りして静止写真を切り貼りしたりしてやたら
 熱心なひとで。かといって過度にドライではなく、いやかなりの人情家でもあって
 皆が恐れ戦く拝島先輩とは違った意味で、精神的な支柱だった。




  それとは別にこの拝島先輩の映画の元である「ニューヨーク1997」という
 映画に魅せられたのがマイコン部の彦根だった。彦根は二年生だったが「理系頭」
 で優秀だ!という有名な男だった。とにかくコンピュータなんて難しいものを触ら
 せたら彦根しかいない。学校の物理室に置かれたテレビの画面みたいなものがつい
 たマイコンの前に座らせたら一日中でも座っているほど、ヤツはマイコンが好きだ。
 
  この映画の話に乗ってきたのも「ニューヨーク1997」の立体地図みたいな
 コンピュータグラフィックとか「トロン」みたいなCGにあこがれてのことで。
 そのマイコンを使えば・・「オレにもできる、やらせてくれ!」

  ところが太田先輩が得意気に広げたスターログのページに衝撃を覚えていた。
 「ニューヨーク1997」の立体地図みたいなヤツはCGなんかじゃない!
 方眼紙で作ったビルをハイコンで現像したものだ・・・。と。
 CGなどというものが高価で予算的に使えるものではない。
 ところが安価に“それらしい”効果を挙げるためにとった実にカーペンター映画らし い微笑ましいエピソードではないか・・・。

  しかし、これには彦根は激しく激昂した。
 「コンピュータに出来ないことはない!」と叫び、泣きながら物理室に走り
 閉じこもってしまった。



  エミコは忙しそうにアニメーション用のセルといわれるビニールのシートに
 色を塗っていた。
 とにかく頭の脳味噌の中の細胞のひとつひとつまでアニメーションの世界に
 どっぷりとはまった女だ。どことなく浮世離れしてもいる。
 だが、近眼手前のような眼の悪さもあってかけているメガネを外すと
 意外にかわいい顔してるんだよな。と、ボンクラ共の間ではそこそこの評価が
 あるほどには人気がある。それが、エミコだ。
 オレはうわさの真相について尋ねてみた。
 「なぁ、おまえ、拝島さんと付き合ってんの?」
 「タカシぃ、おまえうるせいよ。そんなわけないだろ?」
 男勝りのことばはアニメーションの声優気取りだからだ。
 「だって、うわさジャン」
 「バカこくでねえ!拝島さんに頼まれて地図のアニメーション作ってんだよ!
 ぉらぁ、忙しいんだ!ツマラねえこといってる間に手伝え!」
 エミコが照れもなく素っ気もなく云うのでうわさがデマであることに気がついた。
 

 なぁんだ・・。

  なんとなくホッとしたりもしたが、ヤッさんは更に核心を突いた。
 「でもかっこいいいと思ってんだろ、拝島さんのこと?」
 するとエミコはまんざらでは無さそうな顔をした。
 エミコはヤッさんに云った。
 
 「おまえらよりもな。」



  それからしばらく拝島監督から呼び出しもなかったんで、あぁ立ち消えだよな。
 とか思っていたときに、廊下で偶然、太田先輩に会った。
 「どうですか、撮影進んでますぅ?」
 と聞くと太田先輩がしかめっ面して。
 「タカシ、夏休みにまとめて撮るからな、準備しとけよ!」
 なんか怒ってるな。
 「どうしたんですか?」
 太田先輩は吐き捨てるように
 「バイトだ、バイト!映画撮るには銭がかかるんだよ!」
 
 え?・・

 「拝島先輩もですか?!」

 「あぁ。拝島さん、この映画にかけてるからな。」

 そのとき不謹慎にも、正直に、ストレートに、疑問をぶつけてしまった。
 
 「なんで、こんな映画にかけてるんです?」
 太田先輩はオレの襟首掴んで壁に押し付けた。

 「拝島さんがなぜダブったか、知らんのか?
 拝島さんの妹さんが病気になって、それからお袋さんが病気になってさ。
 看病してたんだぞ一年間。
 いまだってお袋さんが治ったから学校に出てこれるけどな。
 妹さんが映画を観にいきたいってせがむのを、連れて行ってやれないから。
 だから、だからよ、映画を作って妹さんにも見せてやろうって!
 それを貴様はよぉ・・」

  オレは甘んじて太田先輩の鉄拳を二発食らった。
 「すいませんでした!」
 一応は体育会系の仁義の切り方がある。
 太田先輩は感情が破綻して涙を流してオレにあやまった。
 
 「悪かった、殴ることなかったじゃないか、な。御免な。」

 「いいえ、太田先輩は悪いことないですよ、オレが子どもだっただけです。」

  そう見得を切ると、オレは無性に泣けてきた。







       
       

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