実際に映画の撮影らしくなったのは夏休みに入ってからだった。
ラグビー同好会の試合は簡単に完敗。
応援に廻ったバレーボール部の試合の方が粘りがあったが2回戦敗退。
まるで映画の撮影の為に・・と思えるほど不甲斐なく早々と負けてしまった。
オレは無精ひげをはやして、長髪にするように云われて・・要するにムサい男になった。
夏なのに。
とりあえず撮影現場の高速道路の下の橋げたとか国鉄の高架橋の下とか
に出かけると、拝島監督が居て、太田先輩がカメラを準備していて。
映画研究部の部員連中が集まっている。
一応メイク担当という女の子もいたりするんだが、相手にもしてくれなかった。
記録係という女の先輩にはいつも怒られながら。

「セリフ・・憶えてきたわよね?」

え・・・アレ、全部憶えるんですか?・・
とにかく役者なんてやったことがないので緊張していたが、
誰もオレが緊張していることに構ってくれなかった。

拝島監督は、いつの間にか鬼監督になっていた。
「別によ、本物の役者じゃねぇんだからよ。総てを求めやしないさ。けどな。」
ジロッと鋭い眼光を光らせて、声を荒らげた。

「どこの世界によ、セリフ憶えてこねえ役者がいるんだよッ!」

いきなり怒られて、しょげ返ったところに追い討ちをかける。

「まぁ、体が動けばいいんだけどな。アクション映画なんだからよ!」

いきなりリアリティ追求のため1km走らされて。
それからメイク担当の女の子が、オレの左目を覆う眼帯をつけた。




オレはスネイク・ケインになった。






  
♯シーン15 TokyoPRIZON内部 

  刑務所の中を首相の娘を探すスネイク。
 スネイク、バットを持ったギャング団に囲まれ、襲われる。
 敵のバットを奪いとり、応戦しながら壁づたいに逃げようとするが
 敵の圧倒的な人数に抗しきれず、後頭部を金属バットで殴られ気絶する。



 
  県立高校の我が校で次に暇になったのは野球部だった。
 全員参加が条件だった彼らに割り与えられた役は、TokyoPRIZON内を暴れる
 バットを持ったギャング団で、午前中から新幹線の架線下に集められ
 顔に絵の具を塗られ、金属バットを持って準備をしていた。
 午後になりオレは、総勢40名からの集団とバットで殴りあうこととなった。
 もっとも殴りあうのはビニール製のバットなのだが。

  新幹線の架線下の高い壁に沿って、眼帯をしたオレがバットを持ったギャングと
 闘いながら、最後は殴られて気絶して・・というシーンなのだが、彼らは野球部だ。
 そのスイングはビニール製バットであってもシャープだった。
 したたかに殴られたオレは怒りのあまり、ビニール製のバットを振り回し吼えまくった。
 「てめえら!」怒り心頭のオレを取り押さえるのに
 野球部全員がオレに圧し掛かってきた!


 「カットォ!」




 拝島監督の声が響き・・・「OKじゃん。まさに迫真の演技だな!」
 と窘められ、笑いに包まれた。
 そうなると、怒り狂うのがバカらしく思えて笑った。
 これじゃアクション映画じゃねぇ、コントか、ギャグ映画だぜ。
 主将の堺が大笑いしていた。

 「楽しかったぜ!」

 拝島監督は野球部の奴らが帰ると、オレに言った。

「主役がお前でよかったよ。お前の顔怖いからコントにはならねえものなぁ!」と。





  ♯シーン20 大統領府

  後ろ手に縛られたスネイク、目覚めると“大統領“府にいることに気がつく。
 残り時間は3時間!
 目の前にボスである“東京の大統領”がいる。
 傍らには側近の博士がいる。
 
 大統領「気がついたか?政府の犬め!」
 スネイク「・・水をくれないか?」
 博士「おまえの首に巻かれているものはなんだ?」
 スネイク「教えてやるから、まず、水を飲ませてくれ。」
 
 博士、スネイクの目の前の床に水をまく。

 スネイク「これはな、爆弾だ。オレが死ぬと大爆発するんだぜ。気をつけな。」
 博士「こんな小さな爆弾なら、お前の首を飛ばすぐらいのものさ。スネイク・ケイン」
 大統領「あ?コイツがあのスネイク・ケインだと?」

 大笑いする。

 大統領「随分、落ちたもんだな、スネイク・ケイン!」





 
Tokyoギャングのボス“大統領”
 
 元暴力団構成員、兵器密売事件に関与し逮捕、終身刑を言い渡され
 TokyoPRIZONに投獄される。
 刑務所内で自前の組織を立ち上げ刑務所内の“政府”を仕切る。



 博士

 大統領の右腕にして天才科学者
 凶悪ロボットZACKを操る。




  高校の応接室を無断借用して大統領室のシーンを撮る。
 敵のボス“大統領”を演じるは我が親友。ヤッさん。
 口ごもる癖のあるヤッさんがなぜ選ばれたかといえば、
 このあとのシーンで繰り広げられる大統領とスネイクの乱闘シーンがあるためだ。
 上半身裸にされ、オレの背中に傷跡が描かれていくのだが、くすぐったい。
 笑ってしまうほどにくすぐったい。
 これが美術部のマドンナといわれるレイコが描いてくれる。
 というあたりが結構、照れくさかったりもするのだが、これも役得。
 ところがこれを上回る役得だったのは、やっさんのほうで背中一面の
 刺青を筆で描かれていった為、終わるまで引き攣るような笑い声が耐えなかった。
 だが、いざ撮影が始まると今度は絵の具が乾いて背中が突っ張って痛いほどだった。
 しかし気心知れたやっさんの登場で、オレはやりやすかった。
 ラグビー同好会仕込みの取っ組み合いで慣れていたからな。
 やっさんも悪ノリする人だから、初めてとは思えぬ堂々の乱闘を見せてやった。
 その迫真さは、本当の喧嘩だと思って周りのものが全員で止めにはいった程で。 


 オレとやっさんが上半身裸で廊下で殴り合っていると、柔道部の江成が文句を
 つけてきた。

 「拝島さん、酷いじゃないですか、自分達も全員出させて下さいよ。
 野球部みたいに。」

 すると拝島監督は突然オレに言い放った。

 「いきなりさぁ、ボスと殴りあうのっておかしくないか?
 やっぱり手下が先に出てくるんだろうなぁ。どうだ、タカシ?」

  尋ねられても困り果てたオレはやっさんと顔を見合わせた。
 いきなりストーリーは書き換えられた。
 ボスであるやっさんの号令で柔道着を来た手下共が現われ、
 スネイクは彼らと戦うハメになってしまった。

  「ぉぃ、手加減しろよな。」

 とオレが江成に言うと、江成は後輩達に「やっちまえ!」というと
 オレは柔道部員たちと揉み合いになった。


  すると最後に江成が「オレを投げ飛ばしてみろ!」という。
 美術部のレイコに顔を赤く塗られた柔道部の主将は。
 どうもそれが狙いだったようなフシもあるのだが、
 主役のオレに投げ飛ばされてカメラの方に飛ばされる!という
 「おいしいカット」が欲しかったようだ。
 「いくぞ!」柔道部主将の大声が廊下に響き、オレもそれに合わせて気合を入れて
 大声をあげた。するとオーバーアクトの江成がカメラの方に突進し・・。


  カメラマンの太田先輩は必死にカメラを守った。
 体重百キロを超える大柄な江成が突進してきてもカメラを守りタックルしたのだ。
 両者が倒れこみ、特に太田先輩の脳震盪はきつかったようで。

 「カメラ壊れたら・・オヤジに殺されるからな・・。」

 


 
 ♯シーン22 大統領府

  激しく殴りあうスネイクと大統領。
 やがて大統領の皮膚がやぶけて、大統領はサイボーグであることがわかる。
 博士が操作する殺人ロボットZACKと合体し、スネイクを襲う。


  

  連日の撮影で、オレとヤッさんはくたくたになっていた。
 ヤッさんの皮膚が剥け、金属が見える。
 いや、アルミホイルを巻いただけなのだが。
 一皮向けてヤッさんはサイボーグになるという・・。
 今度は、オレ一人が目の前に「いない」殺人ロボットと戦うことになった。
 前日、脳震盪で倒れた太田先輩が作ったモデルアニメーションのロボットと、だ。
 “最初にそのシーンありき“で、オレは見えないが目の前にいる巨大殺人ロボットに
 投げ飛ばされ、殴りつけ襲い掛かった。
 これをひとりで演じるということは関係者しかいない夏休みの学校の廊下だとしても
 かなり恥ずかしいことで、冷やかされながら切り返しカットを演じた。
 太田先輩だけは笑わずにロボットに投げ飛ばされ廊下を転げ回るオレの姿を熱く見ていた。





 ♯シーン25

 博士が操作する殺人ロボットZACKと格闘するが、スネイクは負傷する。
 スネイクは操作機を持つ博士を襲い、自爆ボタンを押してしまう。





 博士を演じるのはマイコン部の彦根だった。

 その彦根が演じる悪の天才科学者をオレが倒す。
 彦根はどうしても「この役をやらせろ」と拝島監督に食って掛かったらしい。
 その迫真の演技に?オレは顔面を数発殴られた・・。
 しかしスネイクの必殺キックで勝負はつき・・いよいよクライマックスの撮影が始まる。

  だが映画のクライマックスに来て、これまで常に抱えてきた問題が噴出してしまう。
 スネイクが助けるべき首相の娘「亜美」役が決まっていないのだ。







 ♯シーン26

 3分後にロボットが爆発する!
 スネイクは首相の娘亜美を探す。
 猿轡をされた亜美を助け出し、大統領府から車で脱出!
 大統領府が大爆発する!


 

  このボンクラの臭いが漂うヘンテコな映画に出てくれるヒロインを探すのが
 難航していた。唯でさえ少ない女子。
 「折角、映画作るんだからさ。いい女が欲しいよなぁ。」とは誰もが望むところで。
  ところが話に乗った女の子たちは文藝部の女の子とか美術部の女の子とか

  スタッフ希望ばかりで。

 「ほらぁ、芸能プロダクションに所属してるって一年の女の子ォ~!」

 「ありゃぁ歌はOKもらった主題歌歌ってもらうんだ。出るのは断られた。」

 「どこかに可愛いコいないかなぁ。」

 「ミヨコはよォ。」

  ミヨコはクラスいちの可愛いコであるのは周知の事実で、学校中見渡しても
 納得な女の子。性格も柔和というか、美少女の鑑みたいなコで人気もある。

 「ダメだ。」拝島監督はいつになく気弱で。
 「断られた。走れないんだってあのコ。」
 さすがは・・お嬢様・・なぜか心にグー印のオレがいて。
  
  亜美はスネイクと一緒に全力疾走して車に飛び乗り、塀を登らねばならない。
 「うーん。」と考えてはいたのだが。
 いや考えが進まずに登場もずらしにずらしてきたのだ。
 ところが今日の拝島監督は違った。
 「話はついた。女優が決まった!」
 
  おおぅ!とどよめいて。

 「誰ですかぁ、女優は!?」



 「イクコ。陸上部の。」


 拝島監督はサラリと云った。





       
       

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