Giorgio Moroder - Theme From Midnight Express  1978


次の日からオレは二人部屋に回された。
西陽の当たる狭い部屋だった。
部屋には二つのベッド、二つのイス、二台のテレビと二台の引き出しがあった。
オレに割り当てられたベッドにはきれいにシーツが敷かれていた。
もう一つのベッドには先客がいて短く刈り込んだ頭のオッサンが寝ていた。
オレは軽くあいさつしたが寝ていたようだ。
肋骨が幾本か折れているらしく、暫く様子見・・.
あぁ医者や看護師と云えばこの言葉を使いたがる。
味気のない食事が切れた唇に沁みた。
たいして喰えるわけでもなく、訝しい思いでとりあえずリンゴを喰った。
あとは身を横たえていると大柄なナースが愛想もなく、点滴の時間ですよ、と云って
オレの左腕に管を通していった。
点滴用のパックがぶらさがり、一滴、一滴と落ちていくのが見える。
これが始まると、身動きができない。

隣りのベッドのオッサンが気安く声を掛けて来た。
「ああ、お隣さん、はじめまして。
あんたぁ・・平巌(ヘイゲン)さん、あっちのひと?」
いつも通りの会話だ。

「タイライワオ・・こてこての日本人です。」

それ以上のことを云う気もなく寝たふりをしようとした。



「ここにいると午後はつまらん映画をテレビで観ているか、
点滴で眠くなるのを待つかしかない。」

外科なんだろここは?と確認したくなるほど、外傷が見当たらなかったが、
こちらを向くときに脇を痛めているような素振りを見せた。
あぁ、確かに、違いない。
暇だ。
背中に根っこが生えるぐらい暇だ。
だが・・オッサン、おまえと話す気にはなれん。
暇つぶし、でもだ。
だがオッサンはボロッと言葉を投げて来た。

「変な夢見ちまってさ。点滴で眠るのも怖くなったぜ。トイレに行ったらさ・・。
自分そっくりな男が立っていてさ。隣りで用を足してるんだ。
首を捻る癖も、天井見上げる素振りも自分そっくりでさ・・。
で、お互いに気づいて・・なにしたと思う?」

・・・知るかぃ。

「ヨォッ!ってお互い同時に同じ挨拶したんだ。笑えるだろ?
それで互いの顔をしげしげと見つめてさ。
毎日、鏡で自分の顔は見てるんだけどな。
つくづく似てるんだよ。自分そっくりな男が。
そしてつくづく思ったんだ。・・・ブ男だなって。ハハハ。」

自己完結してくれたので、オレは愛想笑いもせずに済んだ。

「あんたぁ3Dプリンターって知ってるかぃ?3D・・」

あぁ事務所の下の階のホビー屋の太っちょのオタク店主が騒いでたな。
CADのデータみたいなものを入力すると試作品みたいなものが簡単にできてしまう、と。
ゆとり世代のオタクの考えることはゲームの巨乳美女戦士の
フィギュアを作るのが関の山さ。

「なんでもな、コンピュータでデータ作って、そいつに流すと、
立体模型ができちまうって代物らしい。
あっちのNASAじゃぁ、月面にその装置を投下して、
地球からデータを送ってやれば・・
月面の砂だの石だのを原料にしてよ、地球に居ながらにして
月面基地を作っちまおうって話だよ・・」

あぁ、そうだな、ラジオでそんなこといってたな。

「夢みたいな話だよな、だがよ強ち夢でもないんだよなぁ・・
酷い目に合ったものなぁ、このザマだ。」




オレは何気にオッサンの方を見た。

「参ったぜ。工業高校のガキがネットで海外のCADデータを入手してよ、
作っちまったんだよ。
学校の3Dプリンターでよ。
デカい拳銃をよ。
グロック17をよ。
ほいで自分で学校の旋盤回してよ。
模造のパラベラム弾もこさえてさ。
大学の推薦を取り付けるように教師を脅したんだよ。
で、教師がブルって通報した。
ここで運の悪いデカが説得に向かって、暴発事故に遭遇した。
あぁ、弾に盛った火薬の量も多ければ、作った銃の素材も悪い。
ガキの腕は吹っ飛んで、教師の顔面も火傷。
駆けつけた自分は右手と右脇腹を負傷・・さんざんだぜ。
学校で起きたガキの事件だから・・こちらの手柄なんかにはなりゃぁしないしな。」

「・・あんたデカかぃ?」
オレはそうつぶやいた。
「聴いてて損した。」

「なんだよ、ジャケにするなよ。隣り同士になったのもなんかの縁だろ?
それともやましいことでもあるのか?」

オレは相手をするのが面倒臭くなった。

「オレは元・刑事だ。警官が嫌いなんだ。悪いが。」

オレは背を向けた。
するとオッサンはぬけぬけといった。

「中には自分のようにいいお巡りさんもいるかもしれないじゃないか。」

オレは背を向けたまま手を振った。

テレビをつけ題名も知らない浮かれたようなB級アクション映画を観はじめた。
お約束のカー・チェイス、お色気担当の金髪美女のシャワーシーン・・。
際限なく繰り返される退屈な銃撃シーン。
なんどかオッサンは声を掛けてきたがオレは素知らぬふりで
小さなノイズの多い画面に見入った。
いや・・鎮痛剤入りの点滴のせいで、瞼が重くなって眠ってしまった。

それから二日もするとオッサンは退院していった。
薄汚れたコートをまとってわざわざオレに挨拶をした。

「まぁ、こんな病院だから・・あんたも気に入らんことが多いとは思うが、
せいぜい養生してください。
同じ部屋のよしみで、なんかあったら、電話でもくださいな。」

と名刺を置いて行った。



< 神奈川県警港湾警察署 刑事課 坂東太郎 >


随分と簡単につけられた名前だな、オッサン。
オッサンがナニを云ったのか解ったのは、西陽が落ちてブラインドをあげた時だった。
窓の外にみなとみらいの夜景が眼に映ったときだった。
ここは・・警察病院だ、とわかった。

数日してオレは退院した。
会計の時間が長引いたので、懐具合が悪くなりかけたが、
意外なほどリーズナブルで安心した。
回転ドアを抜けると潮風が心地よかった。
冬の終わりだというのに、地球温暖化の影響を感じるような暖かさだった。







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