Jerry Goldsmith - The Cassandra Crossing (Main Title)1976


最初に感覚が戻ったのは、恐らくは皮膚だった。
真冬にもかかわらず冷房でも掛けてるんじゃないのか、と思うほど寒かった。
だが体中のあらゆるところが熱をもっていたせいか、寧ろ心地よかった。
やがて体中で重力を感じるようになり、寝返りを打とうとするが自由がきかなかった。
指先が辛うじて動かせた。
鎮痛剤が切れたのだろう突然、全身に痛みが走った。
それまで朦朧としていた意識は脳から脊髄を通って肛門まで
高圧電流が流されたように張りつめた。
その際に突然視覚が戻った。
薄暗い部屋の無数の穴ぼこの空いた白い天井板がボンヤリ見えた。
余りの激痛に言葉すら発することは出来ず_
口腔の右半分がまどろっこしい・・発音が出来ない。
例え出来たとしても回らない呂律では言葉にならない。
喉の奥が焼けるように痛み、唾液が上手く呑み込めず、泡を吹いた。
激しいゲップが出て、大量のガスが出た。
反動的に冷えた空気が喉を通り肺を満たしてゆくのがわかる。
胸部が膨れ上がると折れた肋骨を刺激するのか胸に激痛が走る。
暴れるのを封じるようにベッドの上で拘束されるように
手摺にベルトで固定されている左腕には管が通してあり点滴瓶に繋がっていた。
液が無くなりかけていた。

どうやらここは病院の一室らしい。

其処に考えが至るまで異常なほど時間がかかったように思えた。
そして、なぜここにいるのか、思いを巡らせたが、全身から燃え上がるような
痛みに意識は吹き飛びかけた。
何度目かの痛みの波が押し寄せた時、腹の底から情けないほどの大声を出した。
すると数人のナースが駆けつけてくれた。
暴れまわる可動部分を押さえつけながら
薬の名前なのか専門用語を並べたてたような会話が繰り返された。
鎮痛剤だろうか注射を一本打たれて、全身の力が抜けた。

大丈夫ですか?
大丈夫ですか?
大丈夫ですか?!


そのリフレインに再び意識が遠のいた。
視覚が失われて暗黒の闇にゆっくりと堕ちてゆく。
スローモーションの動画を見ているような墜落感を感じながら。
それでも聴覚は生きていた。

”血圧が落ちています”
”脈拍数も落ちています”

”組織細胞を採取してからどのくらい経つかしら?”

”三日です”

横にオシロスコープが置いてあるのだろうか
ピ、ピとほぼ等間隔で音がする。
どうやらオレの心拍数と同期しているようだ。

そのリズムが緩慢になって行くのを感じる。
思いを巡らす。
此処に来る前にオレは何処にいた?
いったいなぜここにいる?
怪我をしたからだ・・。
単純な怪我じゃない、大怪我だ。
どこで怪我した_?
車にでも轢かれたか_?
腕や脚が其れほど損傷を受けていないのをみると
車に轢かれたわけではなさそうだ。

なら喧嘩か?
あぁ恐らくは喧嘩だ。
しかしこれほどの怪我だ。
相手が多かったか_?
いやいやオレも歳だ。
多勢に無勢の無茶な喧嘩は避けている。
いったい三日間寝込むほどの大怪我をするほどの喧嘩など

思い出せない。

思い出せないなら

寝ちまうしかないじゃないか。
 











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